第105話 鯉が昇る時
~常盤わかばside~
5月に入り、世の中はGWを過ごしていた。
当然アイドルにそんなものはないけれど、とても充実した毎日を過ごしているわ。
そんな中でたまたま休みを取った私は祖父母の家で休養を取る。
おじいちゃんは相変わらず無愛想ながらも照れくさそうに私を歓迎し、おばあちゃんは嬉しそうに抱きしめては頭を撫でた。
「わかばちゃん、また大きくなったわねぇ。」
「おばあちゃん。あれから私、文学で芥川賞を受賞したわ。」
「まさかわかばちゃんの活躍の裏に、人間の負の感情を突きつつもどうすればいいのかを語ったいい作品だったわよ。後はあたしに早くお婿さんを見せておくれよ。」
「それは…私まだ高校生よ?」
「まったく…お前は気が早いんじゃ。わかばはまだ若いんじゃから無理して結婚せんでもいいわい。」
「まぁ、素直じゃないのねぇあなたったら。本当は誰よりもわかばちゃんの花嫁姿を見たそうにウエディングドレスの雑誌を…」
「うおっほんっ!さぁわかば、早く上がりなさい。お前も早く休みたいじゃろう。」
「え、ええ。そうするわね。」
いわゆる私は長岡京市にある祖父母の家で一時的に休みを取り、戦で疲れた心をリフレッシュする目的で来た。
おばあちゃんは私の本をボロボロになるまで何度も読み返し、おじいちゃんも私の盆栽の作品を誇らしそうに見つめては育てるなどしていた。
愛されているのは嬉しいけれど、結婚を迫られると少しだけ落ち着かないわね。
家に上がってお茶をすると、おばあちゃんからお母さんの妹の子で従兄弟の千尋がここに遊びに来るということを教えられた。
そこで私はまだ幼い従兄弟を喜ばせるために物置にあるこいのぼりを掘り出して庭に立てた。
作業が終わっておばあちゃんの作業部屋でゆっくりくつろいでいると、従兄弟の千尋が家族を連れてやってきた。
「ああわかばちゃん。今日はアイドルお休みかい?」
「はい。叔父さんも叔母さんもお元気そうで嬉しいです。」
「ああー!こいのぼり!これわかばねーちゃんが用意したの?」
「ええ、そうよ。千尋もまた背が伸びたんじゃないかしら?」
「うん!アイドルになったわかばねーちゃんに会いたかった!やっぱり綺麗だね!」
「そ、そうかしら?私はそうは思わないわね…。」
「ごめんなさいね。千尋はお世辞が苦手で何でも思った事を口にしちゃうのよ。」
「大丈夫です。もう慣れましたから。」
「千尋、あんまりわかばお姉さんを困らせるんじゃないぞ?」
「はーい!あー!おじいちゃーん!」
「むむっ、千尋か。相変わらず元気そうじゃの。」
「うん!」
「どれ、ワシの作品を見てもらおうかの。」
「ええー…おじいちゃんの作品見るのつまんないもん。それよりゲームがしたい!」
「うう…。」
「あらあら、さすがの主人も孫には弱いわねぇ。」
おじいちゃんは千尋くんの容赦ない発言で少しばかり肩を落として落ち込み、盆栽の面白さを伝えられなかったと独り言を呟いていた。
そんなおじいちゃんにおばあちゃんは背中をさすって励まし、まぁあの子は小さいからわからなくても無理はないわよと慰めていた。
実際私も盆栽の魅力に気付いたのは8歳の頃からで、その前まではまだ子どもで渋すぎて何がいいのかわからなかった。
それでも育てている時のおじいちゃんは凄く楽しそうで、だんだん面白いのではないかと興味を持ち、自分からやってみたいと声をかけて一緒に楽しんだ。
きっと千尋くんも盆栽の良さがわかる時が来るかもしれないわ。
こいのぼりを背景に庭を駆け回る千尋くんは、叔父さんとかけっこをして遊んでいた。
何本も往復して走った叔父さんはついに疲れ果てて縁側で寝っ転がってしまった。
そして不運にも私は千尋くんにこんな声をかけられる。
「わかばねーちゃん!かけっこしよ?」
「え…私はそういうのは苦手って言ったわよ…?」
「そんなぁ…ボクはわかばねーちゃんと遊びたいのにぃ…ぐすん…。」
「うう…わかったわ。少しだけよ?」
「わーいやったー!」
「あらあら、わかばちゃんも千尋くんに弱いのねぇ♪」
「もうおばあちゃん…。幼い子の期待に応えられないとアイドル失格でしょ?」
「うふふ、そうね。完璧主義なわかばちゃんらしいわ。いっぱい体を動かしておいで。」
「うう…。」
嘘なきとはいえ無邪気な千尋くんの眼差しに見つめられると断りづらく、苦手なかけっこを相手する事になった。
いざかけっこすると千尋くんはあんなに走ったのにまだ元気で、子どもってこんなに体力があるんだと実感した。
最初の一本目でもう私は疲れてしまい、体力は上がったつもりがまだまだ足りないと痛感した。
夕方になって走りすぎて疲れたのか千尋くんはスヤスヤと眠り、ようやく地獄のかけっこが終わり安堵した私は縁側で座り込んだ。
「やっと終わったわ…。」
「いつもすまないね。この子は走る事が大好きで、毎日僕たちも走り込んでるんだよ。わかばちゃんといるときはとくに張り切っちゃうんだよね。」
「いいんです。きっとこの子は将来、オリンピックの選手になれる逸材ですから。走ったことは後悔しても、この子に頼まれたら断れないのもわかります。」
「それにしてもあんなに小さかったわかばちゃんがこんなに大きくなって。それもアイドルをやっては神話にも出たザイマ一族に勝利したどころか、黒幕のホロビノミコにも勝利するんだもんね。時間が経つのは早いわけだよ。」
「もう、叔父さんはまだ若いじゃないですか。千尋くんだってまだ5歳ですよ?前に会ったのは小学校のときでしたね。あの時はまだ叔母さんと交際中でしたね。」
「うん。わかばちゃんの後押しのおかげでプロポーズに成功したんだ。愛に完璧は存在しない。理性だけでなく本能で愛を伝えよ。早苗さんの本と同じ事を言ってくれたおかげで勇気が湧いたんだ。あの時はありがとう。」
「いいえ。最後に決めたのは叔父さんの方です。私はただ背中を押しただけですよ。それより…私は迷ってるんです。このままアイドル続けるべきか、昔の夢だった小説家になるために引退するか…。前はアイドルになったのは日本文化の衰退を危惧して焦ってたからオーディションに参加しただけだけど、今はかけがえのない仲間がいて、みんなとお別れしたくない。リーダーとしてまだ責務を果たしていない。無責任に引退してみんなを悲しませたくない。でも今も夢見ている小説家になりたいとも思っているんです。私はあの時、どうすればよかったんでしょう…?」
「わかばちゃん、それはね…君が決める事だから口出しできない問題だけど、僕から一つ言えるのはね…。夢のためにどちらかを選んで後悔するくらいなら、両方に挑戦してダメなら諦めればいいと思ってる。二兎を追うものは一兎をも得ずなんてことわざがあるけれど、それは無闇に追うからどっちも得られないだけの話だと思うんだ。わかばちゃんの持前である計画性があれば、どっちの夢も叶えられると信じているよ。現に日本のみならず世界中で日本文化が認められ、日本文化大使にも選ばれたじゃないか。アイドルやりながら小説家になり、そして盆栽を趣味として嗜むなんてカッコいいじゃないか。それこそファンが求める和のアイドルじゃないかな?たとえアイドル卒業しても芸能界はアイドルだけじゃないからね。」
「そうですよね…弱気になるなんて慎重な私らしいけど、後ろ向きになるなんてまだ学習不足ですね。叔父さん、ありがとうございます。これからはどちらも諦めたくない夢だから私なりに計画を立てて夢を叶えます。」
「応援しているよ。」
「わかば…成長したのぅ…。」
「もう私たちのサポートはいらないかしら?」
「あの子はもう立派な大和撫子じゃ。ワシらは後ろで見守ろうじゃないか。」
「そうね。わかばちゃん…これからもあなたらしく頑張りなさい。」
叔父さんに悩みを相談したらいい答えが返ってきてスッキリし、どっちの夢も諦めたくないという気持ちがより一層強くなった。
悩みが解消した私は疲れも重なって夜はグッスリ眠れた。
翌日から私は地元の京都市に戻るけれど、もっと遊びたいと駄々をこねる千尋くんを説得するのに少し苦労した。
親族や親戚の期待を背負った私は長岡京を後にし、リフレッシュして京都に戻ってまたアイドルとして完璧なパフォーマンスをするのでした。
つづく!