第二話・ふたりのお泊まり
宿は街の中心部にあった。
中心部と言っても外壁から中心まで行くのにおよそ徒歩でおよそ八時間ほどかかる。もしやあの貴族、嫌がらせをしたんじゃと疑い始めたがお城を髣髴とさせる巨大な宿が視界に映った瞬間そんな邪な考えは霧散した。
「ありがとう、貴族の人……」
まずロビーが広い。ロビーだけでトウマたちが暮らしていた村の家、数個分はある。話はすでについているらしく、名乗るだけですぐに部屋に案内された。
「まじかよ――」
巨大なダブルベッド、いかにも高級そうなテーブルとソファ。窓の外は王都の夜景を独り占めできるし、お風呂に関しても余裕で泳げるほど広い。あとでこっそり一泊分の値段を訊いてみると、ふたりで十万エンとのこと。
「――シズ、大事な話がある」
ダブルベッドの上、トウマは真剣な眼差しで彼女の柔らかい双肩に手を置く。
「えっ……何? ちょっ、いくらなんでもお風呂とかまだ入ってないし……」
何やら頬を赤らめるシズだが無視して話を進める。
「どうやら満足いくまで宿泊していいらしいが、一泊したらこの宿、出よう」
「え⁉︎ なんでよ!」
「なぁこんな身分相応以上なところ泊まって、いずれは安宿の落差に落胆する。耐えられるか?」
シズはハッとした様子で、
「む、難しいかも」
「朝昼晩と勝手に料理が運ばれて来て、お風呂もこんなに広くて、ふかふかのベッドで。それに較べて安宿なんて馬の糞の臭いが目覚まし代わりでベッドは床のように硬いし風呂だって急にお湯じゃなく水が出るかもしれない。耐えられるか?」
シズは首をブンブン振る。
「俺たちは遊びに来たわけじゃなく、最強の剣士と魔法使いになりにきたんだ。半人前の俺たちがこんなぬるま湯に浸かってていいわけがない。もうすでに最強に至るまでの試練は始まってんだ」
「そ、そうね。トウマの言う通りかも。あ、危なかったわ。私、ずっとここにいたらダメ人間になってたかも」
「まあでもそれはそれとしてこの宿を堪能しないとお店の人に失礼だとは思わないか? 今日一日くらい全力でハメを外そうぜ!」
トウマたちは実年齢から五歳ほど引いた精神年齢になって遊んだ。お風呂は泳いだし口に含んだご飯をジュースで流し込んだし深夜までカードゲームをふたりで遊んだり複数の飲み物を重ね合わせてオリジナルスペシャルドリンクを作ったり酒を飲んでみたり普段ならできないことを全力でやった挙げ句の果てに酔っぱらった勢いでそのまま爆睡した。
翌朝、トウマは二日酔いの頭痛に苛まれながらゆっくりと起きた。
衣服が乱れて色んなところがアウトなシズの姿が目に映り、一気に脳みそが覚醒する。彼女の胸はわりと貧相であるためまろび出ることはなかった。トウマは期待六割失望四割の親指を立てたサムズアップをし、毛布をかけておく。
夢の時間はあっという間に過ぎ去り、身支度を整えたふたりは涙を流しながら高級宿をあとにする。