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一話・勇者姫

 ヘトヘトになった。


「つ、疲れた……」


 満身創痍でズタボロのふたりは城下町の入口である巨大な門扉の前でくずおれた。なぜ疲れたのかと言うとまず村を出てから十五日が経過したことを説明しなければならない。


 道中の敵にはおよそトウマの剣は通用しなかった。シズが唯一習得している火術も威力がなく、焚火するときの火起こしに便利程度で、最終的にはヤケになった彼女が振り回す杖でことごとく敵が屠り去っていくのが現状だった。潰れるとか、そんなやわなものではなく、チリとなって消えゆく。勇者姫と称えられる王都の英雄だっておそらくそんな芸当はできない。


 そんなことだから食料確保も、手分けして探そうとすると大抵自分が死にそうな目に遭う。そもそも攻撃が通用しないし、唯一の勝利の要がシズの常軌を逸した攻撃である。


 一応、念のために古代言語を読み解いた際に永続的に自他共に治癒できる禁術魔法等を習得しているが、あまり使いたくはない。もし自分が魔法使いに向いているとシズに悟られては、彼女の性格的に間違いなく剣士になろうとする。するとシズは馬鹿なので間違いなく調子に乗り、敵の初見殺しに引っかかり危険な目に遭う。


 それはごめんだった。今はまだ自分は攻撃力が2しかないが、相手の行動や能力を瞬時に分析し把握できる頭がある。


 そんなこんなで死に物狂いで敵と戦闘し、峠を三つほど超えて王都であるグランシアにたどり着いた。


 東西南北に分けて大きな城下町が存在し、中央には巨大な城郭が屹然と聳え立っている。外壁を徒歩で一周するだけで約150日はかかるほど広い。


 お世辞にも都会とは言えない田舎村出身のふたりはあんぐりと口を開けて見上げていた。


「ねぇトウマ、なんか、デカくない?」


「バカ! 田舎もん丸出し発言やめろ! こういうときは『ふっ……結局帰ってきちまったかここに……』みたいな凱旋してきましたよ感を出すんだよ!」


「ふっ……トウマ、帰ってきてしまったみたいね……ここに」


「ああ……どうやら俺たちは、どう足掻いてもこの場所に辿り着く運命だったらしい。皮肉なものだな……」


「トウマなんか凄い田舎者のくせに都会感出てるわ!」


「うるせぇ!」


 ノリノリなふたりを見かねたのか、門番をしている衛兵に声をかけられた。


「君たち、いい加減中に入って宿でも取ったら?」


 本来、悪党や野蛮な行為を働く者を入れさせないための素性検査があるのだが、会話の内容を全て聞かれていたためわりとあっさりと門をくぐらせてもらえた。


「うわぁ――すっげぇ……」


 視界の全てが変わった。左見右見してもあたりは人で賑わい、活気に溢れている。露店をやっている店がずらりと並び、ひと度値下げを伝えるベルがなればそこに人が群がってゆく。


「トウマ、なんか私たちすっごいところに来ちゃったかも」


 煉瓦状の敷石は生まれて初めて見るし、土の地面と違ってなんだか浮いている気がする。


 まずは宿を確保し、身なりを整えてからギルドに行って冒険者登録を行い、そこで依頼を受けて報酬を受け取って日銭を稼ぐ。当初の目的ははっきりしている。モンスター討伐の依頼があればそこで剣の腕を鍛えられるし、武器を一新すれば少なくとも武器分の攻撃力は得られる。


「とりあえず宿だ宿。両親が旅祝いで出してくれたお金が十万エンあるし、安宿だったらそれだけで半年は暮らせる――って、おいシズ聞いてるのか?」


 シズは「あれ……」と言いながら指を差す。その先にな巨大な馬がいた。馬といえばこの世界において太古から存在する貴重な動物だった。一頭飼うのにおよそ成人男性が三年分働いて得られる額と同じと聞く。


 問題はそこじゃない。


 馬に乗った貴族の人間は悠然とした表情で揺られていた。馬の大きさはおよそ五メートルほどで、当然、足下に急に飛び出した子供など死角で見えやしない。


 ボール遊びをしていた子供はふと馬の存在に気づいて目の前でへたり込んだ。逃げるどころか立つことすらせずにただ呆然と馬を見上げていた。


 田舎者のトウマは知る由もないことだが、上流階級である貴族の横断を妨げようとすることは、この王都では罪に当たる。止まれと叫ぶことすら許されない。


 知らないからこそ誰よりも早くトウマは駆け出した。


 子供を右手でポンっ、と軽く突き飛ばした。


 見上げると、トウマの顔ほどもある巨大な蹄。


「――ッ!」


 瞬間、急に馬の動きが止まった。


「――よーしいい子ね」


 突如として目の前に現れた少女は、巨大な馬の首を優しく撫でた。右足の蹄はトウマの顔面を踏み潰す直前で止まっている。


 少女が振り返り、にこりと笑った。


「もう大丈夫です。それにしても、私がいなかったらあなた、死んでましたよ? 勇敢なのはいいことですけど、もっと自分を大事にしてください」


 珍しい色をした漆黒の長い髪。瞳の色は翠で、やや切れ目。王都の紋章が刻まれた白い手袋と腰に携えられた細い剣。流石のトウマも、彼女が誰なのか一瞬でわかった。


「初めまして、ウラギマス・カノアといいます。勇者姫と呼ばれてるけれど、恥ずかしいからカノアでお願いします」


「えっ、と、トウマ、です。あの、ありがとうござました」


 彼女は屈託のない笑みを浮かべた。少しドキマギしつつも、いやいや俺にはリズが――と脳内で必死に戦う。馬に乗っていた貴族が下馬し、トウマに一礼をしてから尻もちをついた子供のもとに行った。


「怖い思いをさせてすまなかった。少し足りないがこれを君のお母さんに渡すといい。勇敢な少年――君にも何か……」


 貴族と言えば性格の悪い人間しかいないという偏見を持っていたトウマは、面をくらってしまって思わず慌てて首を横に振ってしまった。


「いえ! 俺は人として当たり前のことをしただけです。褒美がもらいたくてやったわけじゃないですから!」


 貴族の男はやや目を見開き、頬を緩めた。


「そうか。ではカノア姫、彼にこの辺りで一番の宿を予約するように手配してもらえるよう頼めないか。見たところ、相当な死線を掻い潜ってきた後と見受けられる」


 一番死にかけたのはまさしく今だったが、それは黙っておいた。ここで申し出を断るのは侮辱に値しそうな気がして、大人しく受け入れる。彼は小切手に自分の名前をつらつらと書き綴り、トウマに手渡す。


「あ、ありがとうございます。――カノア……さんも、俺の命の恩人だし、いつかきっと恩返しするよ」


「カノア、と呼び捨てで構わないです。もし依頼先で出会ったときはよろしくお願いします。私、こう見えても結構剣の腕前は自信あるんです」


 歴代の勇者は基本的に男で、その常識を覆すことになった才能の持ち主。貴族ではなく元々トウマ達と似たような地方の村の出身で、今は王族として迎え入れられている。


 手を振って振り返ると、やや膨れっ面のシズがいた。


「おわっ、どうした。なんか不機嫌なのか?」


「急に飛び出したかと思ったら馬に轢き殺されかけて、急に現れた可愛い子に鼻の下伸ばして、随分といいご身分じゃないのトウマ」


「待てよ後半はともかく前半は良くねぇ身分だろ。プラマイゼロで打ち消しだ」


「あ、そうか。確かに……なるほど」


 シズは知力が2ほどしかない馬鹿である。


 トウマはまさか勇者姫と出会えるとは思ってもみなかった。恐らく貴族が宿泊するような宿も確保できたし、幸先がいいかもしれない。最強の剣士を目指すなら、いつかは勇者姫をも超える存在にならなければならない。


「燃えるぜ」


 攻撃力2の少年は謎の自信とともに笑った。

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