プロローグ
息を吸う。
呼吸を止めたままアマミ・トウマは脱兎の如く地を駆け抜け、眼前の敵――ちょうど木の実をひっくり返して手足が生えたようなモンスターを見遣る。ここは村から外れた森の奥深く、トウマの右手には鉄で出来た剣を握りしめている。グリップは男の血と汗で滲んだ勲章として布がほつれていた。
「てぇぇぇいいいりゃぁあああああぁぁぁ――――――ッ‼︎」
思い切り跳び、渾身の力で袈裟に斬る。
が。
あろうことか剣は敵の胴体に刺さったままだった。しかも抜けない。
「ちょっ、ちょっと待った!」
トウマは足でモンスターの顔を踏んづけて突き刺さったままの剣を何とか外そうと踏ん張る。が、びくともしない。
だんだん敵も怒りが増したのかどんどん敵の身体が膨張し、気づけばトウマの身長ほど大きくなっていた。
「――トウマ、どきなさい!」
背後、木でできた杖を手に持った少女が割り込み、トウマの剣を握る。絹のような金色の長い髪はふわりと揺れた。彼女は剣ごと敵を軽々と持ち上げ、そして巨大な岩に向かって叩きつけた。それだけで敵は粉砕する。
尻餅をついたトウマは彼女――幼馴染であるシズの手を借りて立ち上がる。透き通ったような白い肌に、蒼くぱっちりとした双眸がとてもよく映える。
「まったく、トウマったら弱っちいのに無理しちゃって。私が剣を持って戦った方がよくない?」
「いいやダメだ。最強の剣士になるって夢、幼い頃からずっと語ってただろ。シズは後ろで俺の援護をしてくれたらそれでいい」
埃を払いながら言う。そう、たとえ己のスペックを数値化した際に、剣を持っていても攻撃力がたったの1だったとしても、だ。一般的に駆け出しの冒険者である者は、どれだけ弱くても20はある。
五年前、当時十歳だったトウマは家にあった書物を読み漁り、もう失われた太古の言語を解読して人間の能力を数値で表す禁術魔法を習得している。
絶望した。
己の剣士としての才能のなさに打ちのめされ、枕を濡らし、それから剣の素振りを毎日十時間ほどやってやっと1から2へと変化した。
トウマは「喉渇いたな……」と呟くと、シズがカバンから赤い果実であるリンゴと、木製の円筒型の容器を取り出す。
「ふぬぬぬ」
間の抜けた声とともに、シズは掌に入れたリンゴを握る。普通、ある程度の握力がある人間が同じことをやると結果はふたつある。びくともしないか、皮に亀裂が入って砕けるか。しかし、彼女だけは違った。
リンゴが徐々に圧縮されていく。亀裂も入らず、まるで粘土のように指の痕だけが残っている。やがて筒状の、芯と皮だけを残した細長いリンゴができあがった。
「はいトウマ、リンゴジュース。美味しくできたからありがたく飲みなさい」
「あ、ああ……」
シズは魔法使いだ。
本人も魔法詠唱による憧れが強く、トウマにとっても彼女を危険な目に遭わせないよう、後ろにいて欲しい。たったひとりの幼なじみで、大切な存在だから。
彼女のスペックはこっそり魔法で覗いたが、トウマはいろんな意味で見なかったことにしたし本人もあまり気づいた様子はない。
それでも、いつか夢を見た最強の剣士と最強の魔法使いになるためにふたりは故郷の村を飛び出し、王都であるグランシアへ向かう最中。
凸凹コンビであるふたりの旅はまだ始まったばかり。