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目覚めと確認と

餌をねだる家畜の鳴き声と鳥のさえずり、穏やかな日の光に彼女は目覚めた。朝のようだった。懐かしさを感じた。もしかしたら家に帰ったのかもしれない。あの貧しいけど懸命に生きる人々の絆のある故郷の村に。もしかしたら夢だったのかもしれない。兵士になったことも、(家が暴力団員に襲撃されたことも)、山中で死にかけたことも、(刀で何人も斬り伏せたことも)。

だが、彼女のいた寝室は、レインの知る寝室ではなかった。友達と遊ぶときに使う大きな木の輪も、きれいな石も、縄もない。気弱な、姉がお転婆すぎると言う、妹の姿もない。


『目覚めたかえ?』


声をかけられ、その方向を見る。一瞬前まで誰もいなかったはずの部屋に、レインよりも少し背の低い白い長い髪の少女がいた。見慣れない白い服と、赤い奇妙なスカートを穿いている。いや、着物と袴か、と、レインではない記憶に答えはあった。


「……村雨?」

『そうじゃ、妾の主よ』

「どうして人の姿に?」

『なに、挨拶のようなものじゃ。妾はこういうこともできる、というな』


はしゃぐように言う村雨。紗月は少し怪訝に思った。


「他にはどんなことができるの?」

『他に? それはどういうことかえ?』

「つまり……私、村雨のことをよく知らないのよ」


自分のこともよくわからないけどね、と彼女は胸の中でつぶやいた。

聞いた村雨は、なにか憐れむような視線を向け、少し落ち着いた態度になってベッドに近寄ってきた。腰かけ、そのまま寝ころび、主の顔に触れてきた。


『……だいぶ落ち着いてはいるようじゃの』


村雨の手は少し冷たく、雨に濡れた木の葉を思わせた。


「心配してくれているの?」

『妾の主のことじゃからな。主を狂わせる、災いを招く、血に飢え啜り泣く妖刀と言われてはおるが、これでも主のことは大事にしているつもりじゃよ』


村雨の瞳は螺鈿のような、深い湖のような、不思議な輝きをたたえていた。真心がこもったような言葉に、少女は静かに頷いた。


『妾の力か……まあ第一によく切れることじゃな。そして、妾を手にしたものはよく切ることができる。……すなわち、技を得るのじゃ。しかし技は業じゃ。むしろ業を得るからこそ、妾の主は天下の剣客となるが、同時に人道に反することになる。それと妾は妖力を持つ。ゆえに人を切っても刃こぼれせぬし、更に雨や霧を招くことができる。妾の力の源は人の命じゃ。だから血を啜るというのは間違いではない。逆に血を飲まぬと徐々に力を失い、主に与える影響も小さくなる。……主が死んだときのようにな』


最後の言葉に、少女は表情は変えなかったが、何かを堪えるように布団を強く握った。


「私は……紗月は、やっぱり死んだのね」

『そうじゃな。だから、主はここにおる』


ここ。この世界。レインの記憶が確かなら、紗月が生きていた場所とは違う、物語のような世界。異世界。


「……村雨はどうしてここにいるの?」

『受肉する人の魂と違って、妖物の類いには界の隔たりというのはあまりないのじゃ。ゆえに界を渡るのは難しくない。とはいえ……まあ、些細な事情はあっての。契約を口実に主のところに来させてもらった』


そこまで言うと村雨は身体を起こし、紗月と向かい合い、真剣な声音で言った。


『死を理由に契約は破棄できる。ただし、それはこの場限り。この後は主が契約を継続したとして、再び主が死ぬまで主と妾の業は繋がったままじゃ』

「……」

『……如何に』

「……村雨と契約を切れば、私の記憶は消えるかな」


その問いに、村雨は驚いた表情を見せた。


『主……いや、わからぬな。そもそも主の魂が前世の有り様に立ち戻ったからこそ、妾は主を見つけたのじゃから。主が今そうであるのは妾とはあまり関係がない』

「じゃあ……私と一緒にいて」

『良いのか?』

「……優しいね」


紗月は村雨に頬笑みかけた。


「いいの。決めたことだから。それは前世のことかもしれないけど、こうして思い出したのなら……なかったことにはできないし、したくもない」

『転生したのじゃからこの生を生きればよいのじゃぞ?』

「レインという私も、戦うことは決めていたよ」

『因果なものじゃな。……それでこそ妾の主にふさわしい』


そこで少女の姿が揺らめき、一振りの刀になった。木とも鉄ともつかない、冷たい鞘に納まった刀は重く、これからの運命を思わせた。

だが、紗月はその重さをとっくに知っていた。それこそが転生の象徴のように思えた。

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