紗月と終焉と
新条紗月は比較的豊かな環境に生まれた。
家は剣術道場を代々継承していて、そこから得られる収入は少なかったが損失があるわけでもなかった。何より有所正しい流派と道場としての名声があった。
剣術は祖父が強く、師範も祖父であった。父母の代は強いものがなく、興味もなかったようで会社員などやっていたが、勤め人としては優秀で運もあり、高収入と家族との生活を両立していた。
そして紗月は祖父から自分を上回る剣士になるだろうと言われるほどの剣才を持ち、高校生ながら竹刀剣術でもプロに近い実力と成績を持っていたため、彼女個人に企業からのスポンサーが付くほどであった。しかし彼女自身は剣道に明け暮れているわけでもなく、また才能に胡坐をかき同世代を見下すわけでもなく、恋人はいないが友達を持ち幸福な少女時代を過ごしていた。
その日は友達の誕生会だった。共に記念日を祝い、宵闇の中、浮かれた気分で家まで帰ったところで、紗月は家の前が騒然としていることに気付いた。堅気ではない剣呑な雰囲気を纏った男たち。低くうなる重機。殺気をみなぎらせた祖父。両親は帰ってきていないようだった。
地上げだった。東京ほどではないが関東の一角にある程度まとまった土地があるのだ。価値は高い。だが粗野な男たちが訪れても祖父は歯牙にもかけていなかった。何が事態をエスカレートさせたのかわからない。しかし、紗月が立ち尽くす前で、祖父が拘束され、重機が道場に突っ込んだ。
紗月は駆け出し、道場への経路にいる男に飛び蹴りを食らわせて重機の前に飛び出した。重機の前に立ちはだかる紗月と詰め寄る男たちとの乱闘が始まった。紗月は竹刀だけではない古流剣術を身につけ、刀がなくとも戦う術を持っていた。しかし多勢に無勢、やがて紗月は殴り倒される。重機が突っ込んだことで漏電が起きたのか、その頃には道場に火災が発生し、紗月の背後には焔があった。
もはやこれまでかと思った。それに、勢いのまま男たちとの戦いを始めたが、容赦のない暴力、人の家に火がついても笑う残忍さに恐怖した。所詮は無力な小娘でしかないのだ。
しかしその時、紗月の手が一振りの刀に触れた。道場の隠し戸棚に封印されていた日本刀だった。
『懐かしい気配がするのう……お前、力が欲しくないか?』
声が、聞こえた。頭の中に。幼女のような、老婆のような、妖しく声。聴いた瞬間に紗月はその恐ろしさに気付いた。
これが、私の終わりだと。
これに比べれば目の前の暴力など日陰ほどの脅威もない。だがそれでも、彼らは私を滅ぼすか、私の生き様に敗北を刻み付けるだろう。ならば……。
「私の力になりなさい――村雨」