再会と旅立ちと
休戦の知らせが王国中に知れ渡るのは早く、キーラが住む辺境の村にも漏れなく行き届いた。知らせと共に徴兵されていた男たちも次々と帰り始め、村は喜びで溢れた。そのうえ、休戦の知らせの前から村には喜ばしい約束が結ばれたのだから、それに向けての活気はひとしおであった。
しかしその中心にいる一人であるキーラの表情は晴れないままだった。
サツキが村を逃げるように去ったあと、キーラはかねてから親しくしていた少年と結婚することにした。周囲はキーラの気持ちを悟っていたから、急いで結婚することはないと言った。相手の少年も同じだった。しかし何もキーラは自棄で結婚することにしたわけではない。女として力を付け、腰をすえてサツキを待ち、彼女が再び訪れたなら今度は安心して留まれるように迎え入れられるようになりたいと思ったのだ。
だがそんな決意とうらはらに、キーラの気持ちは晴れなかった。
色褪せた気持ちのまま、結婚式が近づくに合わせて嫁入りの準備をしていた、その日、結婚相手である少年テッドが慌ただしくキーラの部屋に入ってきた。
「キーラさん! 大変です!」
「な、なに? いきなり入ってきて。また誰か帰ってきたの? 怪我でもしてるの?」
「サツキさんが」
その名前を聞いた時、キーラの心臓が跳ねあがった。
「サツキさんが、この村に来るって手紙が」
サツキ、いや、レインと名乗りを改めた少女からの手紙は村長宛だった。
まず先日はとても世話になったと感謝が記されていた。そして村を危うくさせたこと、黙っていなくなったことを謝罪し、そのあと大丈夫だっただろうかと気遣いがあった。
そして本題として、村の一部、もしくは近くに王都の孤児院を移転させたいので少しの間迷惑をかけるかもしれないと記されていた。基本的には資金も道具もこちらから持って行くが、子供が体調不良になったりどうしても一時的に頼らざるをえないことがあるかもしれないと。
キーラは結婚式を先延ばしにした。
レインと孤児院の子らはほどなくして村に現れ、宣言していたとおり馬車とテントで暮らしながら木を伐採するなどして自分たちの居場所を作り始めた。
基本的に新設の孤児院は村に迷惑をかけなかったし、そうでなくとも、村は孤児たちに同情的で、同時に人口が増えて活気づくことを期待して、歓迎的な雰囲気があった。レインたちも想定していなかったらしいが、王城からの援助資材が届いてからはなおさらだった。孤児院と村の交流は活発で、キーラと友達のシエルも、当然のようにレインと頻繁に会うようになった。
短く終わってしまったと思っていた、三人での楽しい日々が再開されたようだった。キーラの世界は色を取り戻し始めていた。
やがて孤児院の建物ができあがると、レインは二人を前にはっきりと言った。
旅に出ると。
「――はい、最後にお弁当とおやつです」
「うわあ、おやつはなんだろ。楽しみだな。ありがと」
「ふふ。旅のお話、楽しみに待ってますからね。皇国に行くんでしたっけ。エキゾチックですねぇ」
「そうなの? まあ、楽しい話になるように頑張るよ」
シエルとレインが和やかに言葉を交わし、離れる。
二人の視線がキーラに向く。キーラは、睨み付けるようにレインを見据えていた。
「……ちゃんと帰ってきなさいよ」
「……やだなあ、前も結局そう言われたからこうして帰ってきたんだよ? 大丈夫、帰ってくるから」
「ちゃんと帰ってきなさいよ!」
キーラは自分を抑えきれず、レインにしがみつくように抱きついた。
自分はそんなに弱い人間なのだろうかと思った。今のレインは確かに自らの決意をもって、旅立ち、戻ってくることを約束している。なのに、信じて送り出せない。それはついに戻ってこなかったキーラの父親のことがあるからだろうか? キーラの胸から不安でいっぱいだった。
そんな彼女を、レインは優しく抱き返してくれた。囁くようにレインは言う。
「本当は、キーラとの最初の約束を守るつもりはなかった。約束なんてするつもりはなかった。私は弱かったから。でも、いろんな人が私に力を貸してくれて、ここまで来れた。私の弱さのせいで直接恩返しできなくなった人もいるけど……だからこそね、これからはちゃんと恩返しできるようになりたい。約束を、私と約束してくれる人を、守りたい。そのために強くなりたいの。だから旅に出る」
そう言ってキーラから離れたレインの目尻には、光の粒があった。
それを見て、キーラは心が定まるのを感じた。
「わかったわ。私も……強くなる。あなたを信じて、あなたをちゃんと待っていられるように」
「うん」
「でも、早く帰ってきなさいよ。じゃないと……私、結婚しないから」
キーラの宣言に、彼女の背後で驚く者がいた。テッドである。レインの見送りはキーラとシエルだけではなく十名以上の村人と孤児院の者たちがいて、彼もそれと一緒に来ていた。彼とは落ち着くまでは結婚式を先延ばしにすることで同意していたが、そこまで先延ばしにすることは話していなかった。なぜなら、キーラは今それを決めたのだから。
テッドの様子を見てか、レインは声をあげて笑った。
「あはは。じゃあテッドくんのために本当に早く帰ってこないと。でもそんなこと言ってたら、嫌われちゃうかもよ?」
「そのときはレインが責任取って結婚してくれればいいわ」
「えー。……でも、私にはもう……愛しているって、言ってくれた人がいたから」
一瞬、レインの表情が曇る。だが次の瞬間には、顔をあげ、キーラがレインの頼みで作った「羽織」とかいうマントを翻した。
純白の生地に、晴れやかな光が祝福のように輝いた。
「……行ってきます!」
『主は人望があるのう』
キーラとシエル、それと村人と孤児院の子らの見送る声を背に歩き出したレインに、皐がしみじみとした様子で言った。
「本当にね。こんな私の、何が良いんだろう?」
『卑下はよくないぞえ。主は年相応にやっておる。そして主は心意気を持っている。ならば、胸を張るのじゃ』
「うん!」
かくして、啜り泣く妖刀と呼ばれた一振りの話は一段落を迎える。
だが妖刀は霊刀に戻っただけであり、その因果は一端を見せたのみ。
そして刀を佩いた少女の旅路は今まさに始まったばかりである。
五月雨の季節が終わり、炎熱の季節はこれからだった。
次話はあとがきです。




