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弔いと誓いと

休戦の式典が一転してクーデターまがいになった次の日、レインは教会の墓地に設置されたニムの墓の前にいた。

王国としては第二王位継承者が捕まったり第三王位継承者が逝去したらしいが亡骸がないなどと騒ぎになっているが、レインには関係のないことだった。まだ詳しくは思い出せなくも、浅からぬ縁のありそうなガーネットには会いたくもあったが、そんな不確かな気持ちより切実な想いが今はあった。


「また、いきなりいなくなっちゃってごめんね」


レインは思い返す。ニムと暮らし始めた頃、ディーから殺しの依頼をもらったその足で仕事に行ってしばらく部屋を空けていると、戻ったときにニムに捨てられたのかと思ったと泣かれたこと。仕事に行くときは必ず一言言う約束にしたこと。そのときは面倒だとしか思わなかったが、今となってはあの時に紗月が、自分が、どれだけ酷かったかわかる。


「……ニム……ごめん……ニムぅ……!」


言葉はなく、涙が次々と溢れてきた。悲しくて、悔しくて、レインには彼女の名が刻まれた石の前で蹲ることしかできなかった。

あの時の紗月なら、自分なら、こうも泣かなかっただろう。事実、ニムの首が斬られたとき、紗月は平然とそれを地面に置き捨ててガーネットと戦った。しかしそれは紗月が刃であることを己に強いたからだった。今はもう紗月も、自分も、刃ではなかった。刃であれば悲しくないかもしれないが、刃だったからこそ結局ニムを死なせてしまった。その過ちをどう償えばいいのか、レインはずっと考えてきたが、答えはなかった。死を知る身の上としては、死んで償うこともできなかった。畢竟、レインにできるのはただ咽び泣くことだけだった。



ニムを弔ったのはマリオら孤児院の者たちの他になく、レインをニムの墓に案内したのもマリオと、彼とすっかり恋人のようになったアーシェだった。彼らはレイン、いや、サツキが戻ったことを喜び、ニムが死んだのはサツキのせいではないと言った。


「ニムが死んだのは私のせいだよ。……それと、私の名前はサツキじゃないんだ。レインっていうの」

「サツキさん……え? レインさん? それって……追われてたから別の名前を使ってたとか?」

「……」


レインはサツキでもあるがサツキではなくなったので、孤児院にいる理由がなくなっていた。去ろうかとも思ったが、休戦パレードの時にマリオたちがサツキの恩赦を訴えたことが響いて、孤児院の収入となりはじめていたサンドイッチ売りがうまくいなくなっていることに気付いた。孤児院は日々元の貧困生活に戻り始めていて、レインは素知らぬ顔をして出ていくこともできなくなった。

孤児院の窮地を抜け出させる術は思いついた。しかしそのためには多くの気力が必要だった。ニムの死と向き合ったレインはそこで立ち止まっていて、歩き出すのに時間を必要としていた。



「この時代で、今度こそって思っているけど……本当にできるのかな」

「……レインさん」


そうして悄然とニムの墓を訪れる日々を数日過ごしていたとき、彼女の元に一人の少女が、亡き友に似た彼女、ミルテが訪れた。


「ミルテ……どうしてここに?」

「また後で話そうと言ったじゃないですか。それに……」


ミルテはニムの墓の前に膝をつき、石に手を振れた。そして目を閉じ、開いて、再びレインを見た彼女の目は、レイン、いや、皐月にとって懐かしい彼女の目をしていた。


「幾度の生を経て、ずっとあなた様のことを追ってきたのですから」

「仁夜、なの……?」


それはレインの、紗月の、宿命のはじまりに別れた愛しい女性。立場は皐月の方が上だったが、姉のように頼りにしていて、大切だったのに守れなかった。その喪失の記憶が、レインの視界をまた滲ませた。


「あらあら……辛かったんですね、いいですよ、思いっきり泣いてください」


レインはミルテに抱きしめられた。それは遥か昔の彼女と、今の時代の彼女に似ていた女の抱擁にとても似ていた。



「ニムは仁夜ではないの?」


しばしミルテの胸で泣いた後、墓地の傍の木の陰で、レインはまだ甘えるようにミルテに抱きついたままそう尋ねた。


「ああ、でもミルテはニムを知らないか」

「いえ、えっと、知りはしませんが、親戚から聞いてきました。ニムさん……ニムは、私の姉だそうです」

「え? でもニムは孤児で」


と言いつつレインは思い出す。ニムは捨て子だと言っていた。


「私の両親は貧しくて、姉が誕生したときは育てられる状態になく泣く泣く孤児院に預けたそうです。そのあと私が生まれたときも貧しくて、結局無理を重ねた両親は幼い私を残して死んでしまって、私自身は生まれつき魔力が強かったので教会に拾われて、今は王城の魔術省に勤める魔術師になったのです」

「そうだったんだ。……それで、ニムと仁夜は。ミルテは」

「うーん、私にもよくわからないです」


レインにとっては本人のはずの彼女は首を傾げた。


「一つの言い方としては、転生というのは魂なるものを変遷ではなく、宿命といわれる情報の伝達なのではと思います。ある一定の物事を知っていると、行動の方向性が無意識に決まってしまうようなものですね。この情報の伝達は一つの生から一つの生に伝達すると思われますが、あくまでもそうなると情報の欠損が少なくて転生しているように見えるだけで、実際には複数の生に伝達ないしは拡散します。たぶん、というか何となく記憶があるのですが、私の前の生で、私、いえ、私たちだった人は、次を最後にするつもりで意図的に宿命の転遷先を二つに分けた気がします。だから、私も姉も仁夜だったように言えるんですね」


ミルテがすらすらと語ることができるのはおそらく彼女が魔術師だからだろうが、今世の生まれは農民で、前世でも剣術しか知らなかったレインには難しい話だった。彼女にわかったのは、仁夜も何度か転生したらしいという、予め推測していたことだけだった。


「……ごめん」

「どうして謝るんですか?」

「だって、私は結局仁夜を何度生まれなおしても守れなかった」


言われれば、おぼろげながら蘇る記憶がある。紗月の生では会わなかった気がするが、それより前、あるいは紗月とレインの間の生で、何度か仁夜の転生と会い、悲劇的な結末を迎えてきた。


「いいんですよ」


ミルテは優しく、レインの気持ちとは反対の、満足そうな様子で言った。


「むしろ私こそ何度も迷惑をかけて申し訳なかった気がします。あなたの宿命は私も関わった呪いのようなもので、だからあなたを追い続けましたが、結局それこそがあなたへの呪いのように思えた。だから私、というより前世の私はきっと、ここで終わりにするつもりで、宿命を散らすのではなく二つにしました。そうしたらこの生では、あなたは片方を救ってくれました。両方を救えれば満点だったでしょうが、半分でも……この愚かな宿命の末としては十分すぎるほどです」


それはレインにとって大した慰めにはなっていなかった。


「でも、それでも、私がニムという存在を救えなかったことには変わりない」


レインの嘆くような言葉に、ニムは優しく笑って言った。


「なら、次こそは頑張ってください。あなたが頑張るなら、もう一人の私もきっと待っていますから」

「……うん」


レインは立ち上がった。

空を見た。よく晴れた青空だった。そこから降り注ぐ白い光に目を細めながら、レインは誓うように言った。



「私、強くなるよ。次に生まれたときには、今度こそ大切なものを護れるように、今から」


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