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聖槍と霊刀と

ちりん。


「もう動いていいよ」


ガーネットたちの姿が見えなくなってから、レインが霊刀・皐の鈴を鳴らすと、空気にざわめきが戻った。魔術とは系統の異なる、巫術に朔流剣術をアレンジで取り込んだ術により周囲にかけていた束縛を解除したのだ。

とはいえ多くの者は戦意喪失したままだった。レインの浄めの術は悪意や攻撃性を打ち払うものであり、扇動され外的に与えられた衝動しか持たない者たちは、行動の動機を失って何もできないままなのだ。立ち上がるのは、自らの信念で戦う者、あるいは、魔術的な守りを持っている者だけだった。


「大したもんだ」


そう、レインとなおも戦おうとするのは、ホルンのみだった。


「時には魔術師ともやりあってきたが、おまえみたいなやつははじめてだ。名前は? 俺は王国騎士団、一番隊隊長のホルンだ」

「朔流、レイン」

「剣士なのか?」

「そうだよ。巫術も使うけど……もうあれは使わないから安心して」

「それは何だ? 騎士道か? 騎士ではなさそうだが」

「剣道? 士道か……すべての道はひとつのところにつながるというやつじゃないかな? というか、別にそんなものは発揮しなくていいならしないんだけど。……戦いをやめるつもりはない?」

「なぜだ?」

「だって、私には勝てないよ? 戦いたい気持ちはわかるけど」

「はっ……」


ホルンは大きく槍を振って構えた。


「わかるなら戦ってくれよ! それにおまえにとっても、俺は仇の一人じゃないのか?」

「そうは思ったけど」


ちりん、とレインは気を静めるように刀の鈴を鳴らした。


「首なんて、あの人のお墓には似合わないし、足りないよ。それに私は剣士でもない。だから……」


レインは相手の目を見据え、告げる。


「ホルンさんは私にとって邪魔なだけ。おまえは、藁のように死ぬだけだよ」


「……ぬかせ!」


ホルンの槍が閃く。

一息に数度も突きが繰り出され、しかもそれが止むことはない。合間には斬撃も織り交ぜられ、追い込んだ相手に放たれた突きがかわされたとしても、


「イヤー!」

「ッ!」


銀、と鋼と魔力の火花が散った。ホルンの聖槍と呼ばれる魔術武器「ブリューナク」の穂先が煌めいた瞬間、魔術による刺突がレインに襲い掛かった。それまで刀を抜いていなかったレインは、咄嗟に抜かせられてしまった。


「なに、あの武器。あれも皐やカーバンクルの仲間?」

『いや知らぬな。しかしよく鍛えられた霊槍ではあるようじゃ』

「へっ、あんまり俺をなめてんじゃねえぞ!」


ホルンの攻撃がさらに激しさを増す。魔術攻撃があるためブリューナクの間合いは無限。しかし間合いを詰めようとしても薙ぎや、十字槍のように穂先の横に突き出た刃による戻しの斬撃により、容易に間合いに立ち入ることも許さない。


『うーむ。妾のような祭祀用の奉納刀には辛い戦いじゃのう』

「ようやく目覚めたのにそれ?」


弱音を吐く皐に対してレインが呆れたように返す。だがレインも理解はしている。ブリューナクは霊的な位格では皐に劣るが、所詮は攻撃用ではない皐に対して、ブリューナクは純粋に攻撃のために作られた武器だ。攻撃力を競って勝ち目は薄い。

だが、レインはかつての皐月とは違い、単なる巫女ではない。

レインはホルンの間合いに踏み込もうとするのをやめ、後ろに跳躍する。

すかさず突きが、しかも魔術による延長を伴って繰り出される。レインはそれをかわす。かわすしかない。


「おらおらおら、どうした――!?」


沈、と納刀の音が響き、ホルンの目が吃驚に見開かれた。そして次の刹那、槍を持つ彼の手が奇妙に曲がり始めた。


「グゥゥワァァァ!!」

「――朔流、雲隠」


呟くレインは、槍の間合いの中に立っていた。だが彼女に攻撃が来ることはない。槍の使い手は、手首の靭帯を強烈に痛め、辛うじて槍を握っている状態になったのだから。

レインは突きに襲われた瞬間、納刀と歩法により闘気を完全に隠しホルンの認識から逃れた。そして彼の意識が虚ろになった一瞬を突いて、槍を握り、強引に捻った。槍と一体になるように握られていたホルンの手もまたそのときに強引に捻られ、靭帯を破壊されたのだ。相手の隙を作った瞬間の無刀取り。それが朔流の奥義の一つ、「雲隠」であった。


「ああくそ、全然勝負になってねえってか?」

「そうでもないよ。ほら」


レインは自分の腕を上げて見せる。袖は切れ、素肌にも傷があった。「雲隠」は負傷を前提にした技ではないが、相手の刃を掠める紙一重でなければ成功しなかったとレインは考えていた。


「へっ……いいだろう。最後にとっておきを見せてやるよ!」


手が半壊しているにも関わらず、執念によってか槍を構えたホルンの気迫が膨れ上がる。

レインは彼の二つ名を知らない。だがそのとき、彼が「閃光」となるのを確かに見た。


「……!」


あまりの速さに回避するのがやっとだった。それでも、鎌鼬のような余波がレインの皮膚を傷つけた。


「速い……!」


それは自ら突進しながらの刺突だった。槍という長く重い武器を持って相手に飛び掛かるのは定石ではない。だが、極限までに高められた脚力による踏み込みによって加速したホルンの刺突は、まさしく閃光の速さと鋭さを持っていた。そしてそれは騎兵の機動力でもある。歩兵は騎兵に負けるのが定め。

回避しても、光が反射するように何度も襲い掛かる攻撃。さすがに地面の上で彼と戦って勝ち目はないと判断したレインは――跳んだ。


「っ……イヤー!」


地上がだめなら空中で。しかしホルンもすぐにそれに追随するが、天を仰いだ彼の目を、雨と銀雲に反射した光が打った。

そして、春の雨のように静かに、されど月の光のように冷たく、皐の刃が下った。


「アバ、ヨ……」


ホルンが倒れると、周囲で戦いを見守っていた兵たちが撤収を始めた。

戦いは終わりだった。レインも皐を鞘に納め街を歩きだす。ふと路地に数週間ぶりに見る顔を見つけて、そちらに合流することにした。

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