王剣と宝石の獣と
「はいこれ」
あー重かった、と言いながら紗月は、レインは、腰に横にして括り付けていた大剣・ヴェスパをガーネットの目の前に突き立てた。
「レイン!」
イキシアの声が聴こえ、レインに雰囲気に呑まれていたガーネットは我を取り戻した。
「どうして、ここに?」
「……どうしてでしょうね?」
問いに彼女は首を傾げた。
「一つはそれをここまで運んでくることだったけど……まあ、こういうのを見ると色々思い出しちゃうから、でしょうか? ……あ、そうそう。伝言があったんでした」
一つ呼吸を挟んでレインは告げる。
「愛している、だそうですよ。二人とも。ウィリアム様が」
「お、にいさま……っ!」
はらはらとイキシアの涙が地に落ちたのをガーネットははっきり見た。聖水のような雨にも紛れない、宝石のような輝かしい涙。
ガーネットもそれが彼の最後の言葉かと思うと感じ入るところはあった。恋愛感情が沸くほど男女としての付き合いもなく、ガーネットは異性との恋愛に幼すぎたが、それでも乙女としての気持ちがわずかに疼いた。
しかしイキシアが落涙したのも束の間、彼女は涙を拭ってガーネットを強い目で見てきた。
「ガーネット、この剣を取りなさい」
「姫……」
ガーネットは場の流れに付いて行けていなかった。なぜ姫は涙を止められるのか。なぜ敵が持って来た、眠った魔剣を取れというのか。
「……なぜですか? なぜ彼女を許せるのですか?」
「ガーネット……」
イキシアが眉を顰める。苦しそうに。それを見てガーネットは悟る。イキシアはレインへの感情を殺しているに過ぎない。本当は彼女を問い詰めたいだろうに、姫としてそれを堪えているのだ。
だがガーネットにはそれができそうになかった。無力で、無知な騎士。究極の正義の刃を前にしてもそれを目覚めさせられる気がしないし、ウィリアムがどうなったかもわからず、気になる。
「私が憎い?」
その心を見透かすようにレインが言った。
「たぶん、ウィリアム様がああなったのは私のせいだよ。私がウィリアム様を死にそうにしなければ、今でもピンピンしていたかもしれない」
「……そうだ、貴様が!」
「それで、私を斬る? ガーネットの刃は何のためにあるの?」
――この刃は何のためにある。
それは、いつの日か問うたこと。
昨日。一昨日。一年前。いや、一世紀前?
遥かなる時の中でそれを己に問うた。
だが答えはなく、流されるままに、抗えずに己の手を汚した。
夢幻の感覚がガーネットを苛む。
嫌だ。
苦しい。
それでも正義の刃を翳さずにはいられなかった。
呪いのように。
誓いのように。そう、あの時に誓ったのだ。
ガーネットは大剣の刀身に触れる。
その宝石。黒く澱んでいるが、自分と同じ名前の宝石であることを知っている。思い出した。
真実と正義の象徴。そして宝石を護る獣。
かつての私は、それに誓った。
「――カーバンクル」
その瞬間、赤い光が咲き、世界はガーネットとイキシアだけのものになった。
『今度も私の宝石を穢すのですか? 無力な騎士様?』
ファーに飾られた柘榴色のドレスの女がそう問いかけた。
『私はもういやですわ、そのようなことは。それよりも私はあの神宝の子を神に代わって愛でていたい』
かつて彼女は人に託された宝石を守ることを誇りとしていた。だが今は、失うことを恐れ、新たな宝石を拒んでいた。
「確かに私は無力です。絶対に守れるなんて確証はない」
そんな彼女を前にガーネットが軽々しく言えることはない。血を吐くような現実と向き合うしかなかった。
「けれども、だからこそ私には力が必要です! 宝剣よ、私たちの誓いと正義の象徴ではなく、私たちの誓いと正義を貫く刃となってください!」
『……最後にはその刃が己に向くとしても?』
「だからといって私は正義をかざすことを躊躇しません」
そこではじめてしっかりとイキシアの目を見ることができた。彼女もガーネットの言葉にはっきりと頷いた。
『なら、その覚悟を見せなさい。主人の首の血で私を濡らす覚悟を!』
ヴェスパが、いや、カーバンクルが大剣の姿になる。再び手にした重い刃。しかしどうすれば良いのだろうと考えていると、イキシアが言う。
「構えて、ガーネット。そして決して動かさないように」
言われて構える。すると驚いたことに、イキシアは剣の下に首を入れ、刷り寄せるようにして首筋に刃を走らせた。
「姫……!」
そんなことをすれば首の皮が切れるに決まっている。実際に刃が赤く染まった。しかしその時、刀身の魔術回路が赤く光り、黒かった宝石が柘榴の輝きを取り戻した。
『まだまだ未熟ですわね、お姫様に騎士様? だから精々、この私が守って差し上げますわ!』
そして世界が戻る。
レインはホルンと対峙し、ガーネットたちに背を向けていた。ガーネットはカーバンクルを携えてレインの隣に立った。
「なんとかなったみたいだね」
「礼は言いませんよ」
「要らないよ。……ニムを殺したこと、忘れていないから」
「こちらこそ、あなたに何人の仲間たちが殺されたと思っているのですか?」
それは憎悪というにはあまりに深く、友情というにはあまりに酷薄な、奇妙なやりとりだった。だが、互いに相容れないと理解しあうような、否定の関係が今は心地よくもあった。
「ガーネット、城に戻りますわ」
イキシアが言った。
「彼はどうしますか?」
ガーネットがホルンを指し示しながら言うと、イキシアはかつて見たことのない冷たい目で彼を見て言った。
「レインさんに任せましょう。……ガーネットと私の首が欲しければ、あの首ぐらい斬ってごらんあそばせ」
「それはそれは、ずいぶん私も見縊られたものだね」
人斬りと姫の視線が交差する。ガーネットですら緊張でつい剣を握ってしまう殺気を、イキシアは冷静に受け止めていた。それを見て、やはり彼女は主君たる者だと、ガーネットは思った。
「……行きますわ」
「はい」
ガーネットは馬に乗り、イキシアを乗せ、他の騎士たちも従えて城へと走り出した。
敵は置き去りだったがレインの術により戦意を失っているようだった。
ただ二人、レインとホルンだけが、武器を構えて対峙していた。




