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古の希いと再来と

外の気配がざわめき出したことには気付いていた。

音が大きく聞こえるわけでもなく、遠く、王都全体の漠然とした気配であったが、紗月の能力の残滓がそれを教えていた。

だがこのまま朽ち果てようと思うレインには関係のないことだった。いつものように牢の壁に背中を押し付けて座り込んでいた。

しかし外の騒ぎは鎮まることを知らず、さらには轟音とともに収容所に入ってくる者があった。


「レイン、さん……ッァ!」


ミルテだった。傷だらけで、よろめきながら、彼女は牢の前に来た。そしてレインを視認して安堵したように笑った瞬間に、背中から槍で貫かれた。


「ミルテ!」


彼女を刺したのは牢で見たことのない兵だった。その男は朦朧した様子で、怒りを露わにミルテをさらに刺そうとした。だがそのとき、男とレインの目があった。


「――ヒッ」


何が起こったかは知らないが、焦点のあっていない目は、しかしレインの殺気をはっきりと感じてしまったようだった。

レインの脳裏をためらいが掠める。(私じゃできない)(でも、ミルテを護るには、彼を殺すには今しかない)


「……ちがうん、です」


倒れ伏し、自らの血に浸ったミルテが死に喘ぎながら言った。


「あなた様と、さつきを、修羅の道に落としたくて、私はあのとき、戦ってくださいと申し上げたのではないのです。あなた様にはただ、美しい剣であって欲しかった。何ものにも恐れず、何ものにも折れず、あなた様自身が愛した剣のように……」

「でも、申し訳ありません……そんな私たちの、私たちの欲が、勝手な希いが、あなた様の輪廻を狂わせてしまった……私は結局、死が怖くて、まだ怖くて、あなた様に殉ずるということで自分を納得させようと……」


「……黙って」



ミルテの譫言のようなそれで、レインの、紗月の中から迷いが消えていた。

紗月は、レインは右手の人差し指と中指を伸ばして槍を持った男に突き付けた。剣印だ。格子越しのそのような仕草は滑稽に見えるだろう。男も一時緩んだ少女の気配に笑って見せたが、次の瞬間には顔を再び強張らせた。否、彼は悟った。今、自分の死が訪れることを。


「た、助け……」

「生まれなおすと良い」


少女は剣印の手を降った。空を切った。男の命運を断った。

男が崩れ落ちると、格子越しに槍を奪い、さして鋭くない刃で格子を叩き切って牢の外に出た。

牢には収容者を抑圧する結界があるはずだったが、レインはその効果すら断ち切っていた。


「刀はどこ?」

「せいどう、に……なまえを、呼んであげてください……待っているんです……」


ミルテの身体は深く傷つき、血を流し、生命の維持が困難な状態になっていた。一方で少女には、ミルテを救う力がなかった。それは、彼女が口にした場所にあるはずだった。




聖堂と言われたところで少女はそれを知らないし、結局、城の敷地内を徘徊する兵を蹴散らしながら僅かな気配を頼りに走り、その場所にたどり着いた。


「こっち! こっちに置いて!」

「……お願い!」


その部屋には見知らぬ少女がいて、床に何やら魔導具を展開しながら待ち構えていた。瞬時に彼女を信頼すると判断した少女は、ミルテを預け、部屋の中央に置かれた折れた刀の前に座った。


「……そう、そうだったね。おまえの名前は……さつき」


むき出しにされた茎に記された「皐」の文字。少女がそれを詠んだ時、光が溢れた。



『懐かしい名じゃのう』

「おまえの名だよ、霊刀たまのたち

『はて、霊刀とな。妾は村雨に啜り泣くしがない妖刀じゃ』


少女は悟る。「村雨」と呼ばれた刀が振るわれるたびに雨を降らしていた理由を。それが彼女の催涙雨であったことを。


「一千にも満たない時間で何を。忘れたの? いつかの私がおまえにあげた名前を。神々の光よりも純粋な、五月の空に輝く、白くあどけない、純粋なる光の名前を」


そう、いま満ちているこの白光のような。


『それは主のことじゃろう……』

「そうやっておまえがうらやましがるからあげた名前だよ。さあ、早く目を覚まして。ここまで来て折れているなんて、許さないから」

『……そう、ここまで来てしまった。さらにどこかへ行こうと言うのかえ?』

「もちろん。そうじゃなきゃ、何のために数多の物を、命を、切ってきたかわからない。……呪われた定めを、狂った輪廻を、今度こそ断ち切って見せる!」

『そうか。……聞かせておくれ、主の名を』


「私の名前は――レイン」



光が消えたとき、レインの手には一振りの折れていない刀が握られていた。

霊刀「皐」。初夏の太陽の光を意味する名のとおり、白く透き通るような光を宿す刀だった。


「き、れい…」

「ミルテ!? 気がついたの!?」


負傷で気絶していたミルテが目を覚ました。応急手当はされているが、そのままではまだ生存が危ぶまれる状態だ。話せる状態でもない。だが、皐に宿る霊力に呼応して目覚めたのだ。レインは皐を彼女に向け、力を分け与えた。


「ああ、ありがとうございます、さつきさま……」

「皐月は死んだよ。紗月も、もういない。でも、ありがとう。ここまで来てくれて。……また後で話そう」


必要な分だけ霊力を与えると、ミルテは眠りについた。


「さて……」

『主よ、あれを連れていってくれんかの』


皐が示す先にはいまだ刀身が割れたままの魔剣があった。


「重……この子にも別の名前があるの?」

「その子の名前は、たぶんその絵の獣ダヨ」


レインの疑問にダリアが答えた。


「これ? 皐、これがなんだかわかる?」

『知らぬな。昔、はじめて見たときも何らかの霊獣としか思わなんだ』

「ガーネットが何とか考えるしかなさそうだね。えっと、どう持つか」

「ねえ、ガーネットのところに行く前に、ウィリアム殿下のところにも行ってくれないカナ」


大剣を鞘に入れ、どうにか横にして背負ったレインに、ダリアが言う。

レインは大剣の納まりを調整するふりをして少し考えて答えた。


「わかった。……あの人が私を見てどう思うか知らないけど」

「まあ、そこはなんとか……」

「うん。じゃあ、ミルテはよろしくね。えっと……」

「ダリアだよ。ボクもキミと後で話をしたいナ」


レインは頷いて聖堂を走り出た。

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