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式典と事変と

時は少し遡る。


ガーネットはついにこの朝を迎えることができたと感無量の気持ちでいた。

帝国との休戦協定。国境線はまだ決まっていないが、前線だった地帯は非武装地帯としてすでに状態を変えている。数年に及びだらだらと続いていた紛争が公式に途絶えたのだ。

休戦に関してガーネットが直接動いたことは少ないし、依然として緊張の空気はある。それでも国家の公式としての休戦の表明は大きい。協定の署名のために赴いた地も、血生臭さが早くも薄れ牧歌的な空気があった。

そしてこの朝、署名のために王都を出ていたイキシアが凱旋する。パレードと式典が予定されていた。



「殿下、失礼します。ジョージ殿下からのご連絡です」


連絡につかう黒い板状の魔導具を持ってガーネットはイキシアの乗る馬車に入った。近隣の村で半野営をし、王都に向かって最後の移動の最中だった。連絡用の魔導具は王族や一部の貴族などしか所持していない貴重なものだった。


「叔父様から? ありがとう、ガーネット」



ジョージはガーネットの叔父、国王の弟でウィリアムの父親である第二王位継承者だ。若いころから野心がなく、兄が王位につくのを静観していた彼は、今もなお目立つことなく、裏方のように執務をこなす人間だった。


『ガーネット、おはよう。旅はどうかね、疲れていないかね』


魔導具は何かを映すわけではないが、声はそれなりの音質で聴こえる。


「おはようございます、叔父様。特に問題ありませんわ。むしろ移動中はお仕事があまりないので休んでしまっていますわ」

『はは、それは何よりじゃないか。君がいない間も私とジュリアスできちんと仕事はやっておいたから、安心して戻っておいで』

「まあ! ありがとうございます、ジョージ叔父様。お返しはどうしたら良いのかしら」

『お返しなら、君がしてくれたことで十分すぎるほどだよ。これが用件だったのだが、到着は予定通りになりそうかい?』

「はい、問題なく移動していますので、もうじきそちらからも見えると思いますわ」

『そうか。じゃあ、こちらも準備をしておくので楽しみに戻っておいで』

「はい、ありがとうございます。では後程」



「ガーネット、ちょっと来てくださる?」


連絡を終えたイキシアが、馬車と馬で並走するガーネットを呼んだ。ガーネットはまたイキシアの馬車に乗ると、連絡の魔導具を返された。警備に関する緊急の連絡があるかもしれないので、普段はガーネットが持っているのだ。


「ジョージ殿下は何か仰ってましたか?」

「特別なことはなにも。時間の確認でしたわ。大丈夫ですわよね?」

「はい。周囲や馬車などに問題はなく、予定通り王都に戻れます」


何も問題はない。順調で、充足した時間。

だが、ガーネットの脳裡では正体不明の警鐘が鳴り始めていた。何が問題? 護衛の騎士は戦闘力も素行も選りすぐりだ。式典の内容も完璧に把握し、リスクも明確だ。自分の魔力も十分にある。だが、だからこそ、未知の敵の気配を感じる。

今日までの日々で、イキシアの命には幾度となく危険が迫った。その度に過ちを犯した者には制裁を与えてきたが、まるでそれは雑草を抜くように切りのない作業に思えた。

いわゆる、黒幕と呼ぶべき存在。それがずっと見えなかったが、ここに来てガーネットはその影を捕らえつつあった。もし彼が仕掛けるなら、今が最大のチャンスとなっているはずだった。




人々のざわめきは王都の門の外にも漏れてきていて、中に入った瞬間に割れんばかりの喝采に迎えられた。


「イキシア殿下万歳!」

「平和万歳!」


イキシアを移動用の馬車から式典用の山車のような馬車に乗せ変え、パレードとしてゆっくりと一行は大通りを進む。

城の内では休戦に関して賛否両論だったが、威光や矜持で生きているわけではない平民たちは休戦に賛同している。そう思いながらガーネットがパレードと共に進んでいた。


「王女様! サツキさんに恩赦を!」

「恩赦を!」

「おんしゃを!」

「孤児院を助けてくれた旅人に恩赦をお願いします!」


突然、人垣をかき分け、パレードの前に二十名あまりの子供たちが飛び出してきた。


「各員慌てないで! 手順の通りに対応してください!」


恩赦の請願ぐらいは予測していた。ガーネットが指示すると、すぐに騎士たちが子供達をパレードの脇に誘導しはじめる。


「私たちの話を聞いて!」

「サツキさんを、サツキさんを……ゴホッゴホッ!」


一人の少年が激しく咳き込み出す。騎士たちはそれでも彼をどけようとする。


「ガーネット、あの子たちは」

「殿下、大丈夫です。お任せください。乱暴にはしません」


だが子供達がさらに騎士と揉み合いはじめる。すると周囲にいた大人達もそれに反応して、乱暴にしないでください、などと始まる。


「ガーネット、止めてくださいまし」

「殿下、しかし」

「あのような子供たち、それもサツキとあの子たちは言いました。私たちに浅からぬ関係があると思います」

「しかし殿下、今は公務中です」

「ではあなたが伝えてくれますか?」


ガーネットは躊躇した。おそらく彼らはガーネットが出たところで態度をやわらげないだろうし、しかも彼らの顔には見覚えがあった。後ろめたさを感じたガーネットは、結局パレードを止めて、一番年上の少女をイキシアのそばに近寄らせた。


「サツキ、というのは細い剣を持った若い女性のことであっていますか?」

「は、はい」


パレードの前に飛び出してきたわりに、まさか自分が呼ばれると思っていなかったのか、農家のような服の少女は戸惑いも露に答えた。


「彼女が犯した罪はあまりに大きいもので恩赦を与えることはできませんわ。ですが、厳正に裁きをくだせるように準備しています。私も彼女と面会しましたが拷問や虐待の類いはいっさい行われていませんでしたわ」

「……」

「もしあなた達が面会を望むなら叶えましょう。法廷で証言する機会も約束しましょう。……ひとまずは、それでよろしいですか?」

「……はい」

「ではそのように。ガーネット、いいですわね?」

「はい。各方面の調整はお任せください」


面会や証人などはガーネットの仕事ではないのだが、根回しぐらいはしておこうと思った。それでこの場が納まるなら安いものだ。

だが、これは騒乱の序曲の第一小節に過ぎなかった。。


「おい、サツキってグリム・レインのことじゃないか?」

「それってあの連続殺人鬼のことか?」

「あいつのせいで戦争がやばくなったって聞いたぞ」

「ウィリアム王子を殺しかけたのもその人だって聞いたよ」

「国賊じゃないか。国賊を許すのか!?」

「国賊を許すな! 殺人鬼の手塩にかけられた餓鬼も殺せ!」


誰もサツキを許すなど言っていないし、そもそも「グリム・レイン」のことは知られていても自称までは知られていないはずだった。不自然な流れだった。おそらくは敵の差し金だろうと思った。

わざとらしく声高に噂するのは十人にも満たない。だが彼らが叫び、騎士が保護しようとしている子供たちのところに向かえば、群衆の注目もそちらに向く。川の流れに泥を入れたように、次第に場の流れが濁り始める。

騎士たちの意識も乱れる。その瞬間を狙ったように、大通りに交わる路地から爆発音が鳴り響いた。


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