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技師と剣の秘密と

「むー、ワタシを呼ぶのが遅いヨ!」

「いえ二週間前から呼んでましたよ?」

「そう、ダッケ?」


その日聖堂の剣を安置している部屋に若い娘の技師が招かれていた。名前をダリアという。ダリアは異国から旅をしてきた少女で、イントネーションが変なのはそのためだが、王城御抱えの技師に勝るとも劣らない技術を持ち、さらに発想が柔軟で斬新だった。ダリアがはじめて聖堂に来たとき、保管物を勝手に触ろうとしてミルテが取り押さえたのがきっかけで、二人には交流があった。今回の剣の解析にも彼女の技術と発想が役立つと思って声を掛けていたが、ちょうど他の製作物に集中していて手が空かないということでミルテは待たされていた。待っていたが、この反応である。いつものことだが。


「それで、もしかしてもう何かわかったんですか?」

「ウン! これすっごいネ! とにかく鍛造の間に魔力が湯水のように使われて、全体が魔力に馴染んだ状態で魔術回路が組まれてるネ。もちろん、単なる物量じゃなくて何かの技術があると思うんダケド……」

「その技術はわからないですか?」

「ウン……単なる魔導具や魔術兵器ならこの国にもあるケド、これは格が違うネ。私のいたところにもこんなものはなかった……いや、あったかもしれないケド、調べてみないとわからないネ」

「そうですか……」

「デモ、知りたいのはこの剣と刀の作り方?」

「あ……いいえ。そうですね、この剣がどういう機能を持つのか、持ち主にどういう影響を与えるのか、それを知りたかったです」

「機能と影響ネ。ワカッタ、ちょっと待ってて」


ダリアが剣に触れ始める。剣に巻き付けてある封印具は今も巻き付けたままだが、何が起こるかわからない。ミルテは得意な封印術を準備しながらその様子を見守る。

ダリアは針のように細く鋭い魔力を指先から出しながら剣を探っているようだった。魔力量は大したことないが、あれほど魔力を繊細かつ強靭するのは特殊な訓練が必要だ。彼女の技師としての腕前はやはり確かなものだとミルテは思った。



しばらくダリアが剣を調べていると、急に剣を封印する術式に反応が現れた。


「ダリア!」


準備していた術式が発動、剣から放たれた魔術が剣の周囲に展開した結界にぶつかる。しかし魔術は結界を突き破り、ダリアの首に当たった。


「ウワ!」


ダリアが弾かれたように仰向けに倒れる。彼女の首には、赤い線が引かれていた。まさか切られたのかと思ったが、よく見ると単に痣ができただけだった。


「イテテ、首が飛ぶかと思ったヨ」

「喋れるみたいですね。待ってください、一応治療しますから」


診断と治療の魔術をダリアに使うが、問題なさそうだった。痣はすぐに薄くなった。


「美容まではしないので今日一日は赤いままですが、明日には消えてます」

「アリガト。まあボクは大して気にしないし、今日はボクに会いに来る人もいないと思うから大丈夫ダヨ」

「そう、かもしれませんね」


実はこの日、つい先日決まった帝国との休戦を祝い、王都で式典が行われていた。

ミルテは「聖女」と呼ばれているものの単なる綽名で、役職的には大したことがない。そのため式典には参加する必要がなく、いつもどおり聖堂の管理をする必要があった。ダリアも同様だった。むしろ式典のため工房と関連施設が休みになったのでやることがなくダリアはこちらに来たのだった。


「まあ夜はお出かけするケドネ、暗いから大丈夫だよネ。そういえばミルテも行くよネ!?」

「あぁ、そうですね」


夜はお祭り騒ぎとなるだろう。ミルテは騒がしいのは好きではないが、かといって一人寂しく部屋にいるのも趣味ではないため、賑やかなダリアに付いていくのは悪くないと思った。

だがそのまえにやることを片付けなければならない。ミルテは意識を切り替えた。


「それで、何かわかりましたか?」

「ああ、えっとネ――」


ダリアは説明する。

まずこの剣には人間の精神やそれ以上の「情報」を蓄えるだけの複雑で大規模な魔術回路があること。そしてその魔術回路は実際に動いていること。つまり剣に精神のような何かが宿っていることは確か。

ただし今は剣と刀が物理的に結合していることで、魔術回路に障害が発生している。とはいえ剣に備わった魔術回路と宿った精神は非常に優秀で、本来ならその程度の障害から自己回復するはずとダリアは分析した。ダリアは二つの魔術回路の境界を探り、意図的に魔力を流して稼働させてみることにした。


「そうしたら怒られたネ」

「怒られた?」

「つまり、取り込み中だから邪魔するなってことネ」

「取り込み中って……でもそんな魔力の動きは私には感じられないのですが」

「魔力とか精神の動きとしてはたぶん見えないネ。ボクにも見えない。たぶん、次元とか位相が違うんじゃないカナ」

「次元? 位相?」

「結界と同じダヨ。元が同質の時空でも、一定の方法で境界を設定することで、互いの影響を妨げるんダヨ」

「……! そういうこと、ですか。全然気付きませんでした……」

「ミルテは頭が固いからネ」


ダリアに言われてミルテは落ち込んだ。結界は自分が得意とするものなのに。言われてみれば、そこにあるべきものに触れられないのだから、何らかの方法で遮断されていると考えるべきだった。いや、そこまでは考えた気はする。でも結界を解除する術を思いつかなかった。


「ダリアなら結界を……その境界を破れそうなのですか?」

「ううん。たぶんできないし、やる前に今度こそ首が斬られて終わりカナ。でも、こうときは搦め手ダヨ」


そう言いながら、ダリアは部屋の隅に彼女が持ってきて置いてあった荷物を取りに行った。その中から細く先端が平たくなった工具と木槌を取り出した。折れて分離していたムラサメの柄を手に取り、それらの工具を使って分解し始めた。分解できるんだ、と驚くミルテの目の前で、柄の中に隠されていた刀身の尾の部分が現れた。何かが書いてあった。


「これは何でしょうか? 文字でしょうか?」

「たぶん文字ダヨ。こういう剣、刀はここ、なかごっていうんだけど、ここに銘を書くことが多いんダ」

「銘って……これが、ムラサメ? でも、レインさんの証言と違うような」


ミルテはレインの調書の要約をもらっていた。それに付録されていたレインが書いた刀の名前「村雨」の字と、刀の銘は明らかに異なっているようだった。「村雨」は二文字だが、その銘は「皐」の一文字だた。

しかしそこでミルテはつい先日考えて検証できていなかった仮説に思い当たった。


「まさか……これがこの刀の本当の名前?」

「お、よくわかったネ。刀も人も宇とか称が付くことがあるけど、本当の名前は銘としてこう書いてあるんだヨ」


仮説を肯定され、ミルテの胸が高鳴った。しかし疑問もあった。


「でも、その、メイというのは持ち主にも教えないものなのでしょうか?」

「自分で名乗る刀は見たことがないからわからないネ。でも、もしかしたら忘れてたのかも? 作られた時から性質が変われば真名を刀自身が忘れてても不思議じゃないよ。人間もそういうことあるよネ」

「……そうなんですか?」


ミルテは寡聞にしてそういうことは知らなかった。


「そうなの!」

「わ、わかりました。でも、性質が変わったっていうのも……」

「この刀と剣、どっちも本当は魔剣じゃないヨ。たぶんだけど。元々は神剣とか宝剣として、戦闘用ではなく儀式用に作られたんだと思うんだよネ。そうじゃないと、割と武器としては無駄な機能が多そうで」

「無駄な機能? 私はあまり機能を知らないですが、十分武器として強力だったと聞いていますよ」

「こっちの剣の方はある程度そうかもしれないケド、魔力を増幅したり魔術刃を飛ばすだけならこれだけ大きな刀身と魔術回路は要らないんダヨ。魔力で腕力を強化するにしても、剣が重すぎるしネ。それに刀の方は雨を降らすぐらいしか機能を発揮してないんデショ? たぶん、今の状態だとそれが限界なんだと思う」

「まさか……」


しかし言われてみれば、レインの証言にあった彼女の行動では、雨を降らすことと身体を強化する以上の魔術はほとんどなかった。気配を消したり目前の相手の認識から隠れたりなどの術は、すべて彼女が剣術として習得しているものだという証言だった。もちろん、彼女が嘘をついていなければだが。


「ではそちらも?」

「こっちは銘がはっきり書かれてないと思うケド」


ダリアが手の平から魔力を出しながら大剣の平を撫でた。すると、微かだが何かの紋様が浮かび上がった。


「これは……獣?」

「多分、これがこの剣の銘を示すんダヨ。宝石を抱くケモノ……なんだったかなあ、思い出せそうで思い出せない」

「宝石の獣……」


ミルテには思いあたる節がなかった。恐らくは異教の神獣だろうし、ミルテはそういうものに特に触れていない。

そしてそれよりも、ミルテは刀の方が気になっていた。早く皐月に、いや(皐月って誰?)、レインに教えてあげなければという気持ちが湧き上がってくる。ミルテは自分の気持ちに戸惑ったが、レインにこのことを話して反応を見たいだけだと結論付けた。


「ありがとうございます、ダリア。私ちょっと――」


言いかけたところで、ミルテの知覚に魔術的な感触があった。

聖堂の結界に、攻撃的な者が侵入した感覚だった。


「……ダリア、少しの間、絶対に話さないでいてもらえますか?」

「ウン?」


ミルテは床を介して魔術を聖堂に走らせる。侵入者があったときの場合の封鎖・施錠の術だった。

複数の足音が聖堂内に走り込んでくることを感知した。侵入者たちは聖堂の部屋を順番に開けようとして、やがてこの部屋までたどり着いた。


「ミルテ殿! ミルテ殿はいるか!?」聞き覚えのない男の声だった。

「……すみません、いま実験の最中でこの扉を開けられません。何でしょうか?」


ミルテは咄嗟に嘘をついた。いや、実験の最中であるとはいえるが、扉を閉めたのは自分だ。


「本日の式典で緊急事態が発生したゆえ、火急の応援要請を伝えに参った」

「何があったんですか?」

「扉ごしに話すのは難しい」

「ではすみませんが他を当たってもらえますか? 緊急に備えた予備の人員はいるはずです」

「……」


男が黙る。話しかけてきた男以外に複数の人間がいて、話し合っているのが監視の魔術を介してわかる。他の魔術職員は……運悪く部屋の外にいた一人が拘束されたようだった。他はミルテによって閉じ込められている。しばらく不便かもしれないが、正体不明の者たちに拘束されるよりはましだろう。


「……わかった。では、状況が混乱しているゆえ、待機を頼む」

「わかりました」


どうやら侵入者たちはミルテや聖堂の魔術師たちを拘束したいわけではなく、単に足止めしたいようだ。少なくとも今の段階では。

ミルテは結界に遮音の機能を付け加え、ダリアに話しかけた。


「どうやら大変なことが起きているようです……」

「ソウダネ。……ね、結界に穴を作れない?」

「できますが、何をするんですか?」


ミルテの問いに、ダリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「外の様子を教えてあげるよ」

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