秘められたものと失ったものと
聖女とか禁欲的と言われた自分はどこに行ったのだろうとミルテはここ数日を振り返って思っていた。
イキシアと話してから、ミルテは剣を封じたときと同じ熱心さで剣の秘密を明かそうとしていた。
そうして意外なことがいくつかわかる。まず、封印を緩めても、剣は特に活動をしなかった。それどころかある程度の魔力を供給しても不活性だった。自ら眠っているようだった。
刻まれた魔術回路を解析しようかと思ったが、一見したのみでは魔術の系統すら不明だった。
わからないことの方が多かった。わかるのは、まず剣の呼称がヴェスパとムラサメであること。読み方はそれだが、実際の表記はそれぞれ王国の文字とは異なり、異国に似たような文字がある程度だった。元々どこにあったかは不明で、話によれば剣が勝手に現れて「契約」をしたということ。ヴェスパの契約はムラサメを探すことだったが、ムラサメの契約は目的がなかったようだ。業を背負う、とはサツキと名乗っていたレインの証言にあったが、やはり目的が不明だ。機能としては、斬った対象の生命力を吸い、魔力にして蓄え、所有者と共有するというのが第一にあり、後は魔力刃を発生させたり雨を降らせたりできる。
また、何らかの精神干渉を行うようだったが、所有者の自覚が乏しいうえにそういった内容の証言もなかったので詳細は不明。それ以外もほとんどすべからく不明。
ミルテは行き詰まっていた。
剣そのものに対するアプローチは悉く失敗し、より大胆なことをする前に、ミルテは所有者を調べることにした。
しかしガーネットは忙しそうだったし、所有時間が比較的短かったので大した情報は得られそうになかった。
ミルテは次第にレインの元に通いはじめた。
「こんにちはレインさん!」
「……こんにちは」
「きょ、今日は私の話をしに来ました」
はじめのうちは純粋にムラサメのことで聞くことがあり、質問と応答があったが、数日たつと聞けることもなくなり会話が途切れがちになっていた。
だがミルテの魔術師としての勘が、鍵はレイン自身にあると告げていた。レインのことを知らなければならない。そこでこの日、ミルテは会話のネタとして自分自身を出すことに決めていた。
「……」
レインは反応を見せなかった。
ここ数日話していたが、どうも彼女は心を閉ざしているようだった。囚人として質問には答えなければならないと思っているようだが、それ以外の会話にはなかなか応じようとしなかった。
「まず私の名前はミルテ・イナンナって言います。歳は十八です。職業は魔術省の職員。魔術省は、ご存知かもしれませんが、王国政府直下の魔術師の組織で魔術の研究をはじめ、軍や民間にいる魔術関係者の管理だったり、魔術関連の施設、物品の管理を取りまとめています」
「ちなみに王城には近衛の魔術団もありますが、それと魔術省は別の組織です。目的がちょっと違うし身分も違うんですよね」
「私は特にこの施設・物品管理の仕事をしていて、王城の敷地内に聖堂があるんですけど、そこの管理とそこに保管されている物品の管理が主な仕事です」
「……」
「だからレインさんとガーネット様が持っていた剣も今は私が預かっていることになります。本来なら補間するだけだったんですけど、イキシア殿下から剣の調査を御下命賜ったので、こうして調べているんです」
「……」
「こんな話はつまらないでしょうか。趣味とかどうでしょう。レインさんの趣味は何ですか?」
「……」
「レインさん、趣味は何ですか?」
質問を繰り返す。そうすると彼女は一応答えてくれる。
「山を歩くこと」
「へー、そうですか。私は王都育ちでここに勤め始める前はずっと学校で勉強していたので、山を歩く解かないんですよね。運動不足かなって思ったりもするんですけど」
「……」
「本を読むのが好きなんですけど、あ、でもアクセサリー作ったり宝石……魔法石を磨いたりするのも好きで、爪を磨くのも好きなんですよ。あんまりお化粧とかは、その、怠けているんですけど、あるときふと爪を綺麗にするぐらいはした方が良いのかなって思って、ずっとやってますね。他の人からもたまに褒められるんですよ。ほら」
ミルテは爪を見せたが、レインは床を見たままだった。
「そうだ、レインさんの爪も綺麗にしていいですか? 私、いつも布とやすりを持ってるんです。マニキュアもありますよ」
「……っ」
言いながら、ミルテは格子の中に手を入れた。レインは当然のように驚いてみせ、身構えた。
「なに考えてるの?」
「え? いや、爪を磨かせてもらおうかなと」
「そうやって私に触れたら、その瞬間に殺されると思わないの?」
ミルテは自分の手を見て、彼女の手も見た。
「私のこと、殺したいのですか?」
「いや……」
「ですよね。レインさんがどうしてここにいるかはもちろん知っていますけど、あなたが手当たり次第に人を殺したわけではないことも知っています。あ、それとレインさんが暴れようとしてもその瞬間に封印術が作動するので、実際、レインさんが私を傷つけることはできないんですよ」
そう言ってミルテは再び牢の中に手を入れた。
「さあ」
「……」
ミルテが根気よく促して待っていると、しばらくしてようやくレインは手を出してきた。
細いけど、指先まで引き締められた手だと思った。少女らしいようで、ところどころ胼胝があり、彼女が懸命に剣で生きようとしたことがわかるようだった。
「……」
「……え? あの、レインさん?」
ひとまず今日はベースコートだけ塗ろうと思い、片手の爪が終わったところでもう片方の手を出してもらおうと思いレインの顔を見ると、彼女は静かに涙を流していた。
「なに……?」
「何って、気付いてないんですか? 泣いていますけど……涙が流れていますけど」
ミルテに言われ、レインは顔に手を当てた。無造作に涙を拭おうとするが、涙はとめどなく溢れていた。
「紗月……!」
やがてレインは涙を拭くのをやめ、胸を抱えてうずくまって泣き始めた。
「ど、どうしたんですか? 具合が悪いのですか? 大丈夫です、ちゃんと病気の治療は受けられますから。しっかりしてください、レインさん……!」
「……ちがう」
涙する少女は、絞り出すような声で言った。
「私は、レインじゃない。紗月なら、こんなふうに泣いたりしない。……ううん、レインなら、悲しまなくていいのに。……いやだ……いやだよう……わたしは……紗月じゃない……レインじゃない……
……わたしは、だれ……?」
その後、ミルテがレインと会話することはできなかった。
看守を呼んで彼女の面倒を見させようと思ったが怖がって近寄らなかった。しかたなくミルテは牢の前に座り続け、魔術で地面を温めながら彼女の様子を見続けた。やがて彼女はそのまま寝てしまい、そこでようやく看守が来て、彼女をベッドに運んだのを見届けてミルテは牢を後にした。
(わたしは、だれ……?)
自室に戻る間にも、ミルテの脳裡にはレインの問いが木霊していた。
レインの様子を見ている間に、彼女は一つの可能性を見いだした。




