聖女と罪人と
王の権力を象徴し国の核である王城の敷地内にわざわざ作られた牢は、国家規模で危険視される犯罪者や政治犯を捕らえる特別な牢である。ミルテの得意とする五式とは異なる十式を中心とする封印術が常時発動し、捕らえたものの魔術や暴力を抑制する機能が備わっている。
無機質で堅牢な牢には、ある種の美しさもある。魔術回路が薄く見える重厚な扉を前にミルテはそう思った。
看守の魔術兵に案内され、イキシア、ガーネット、ミルテの三人は死神と呼ばれた少女の捕らえられている牢の前まで来た。
「……この人が」
ミルテは思わず声を出してしまった。
小柄で華奢に見える少女だった。目付きも大人しく、見た目だけでは何人も、それも弱者ではなくいずれも一定の権力や武力を持つ者たちを、藁のように切り捨てた殺人者には見えない。手足に枷を付けられ、石の壁を背に座っていた彼女の罪、ミルテの鑑識の魔術がそれらを明らかにしていたが、俄には信じられなかった。
一方で牢の中の少女は、真っ先に声を発したミルテにまず目を向けた。そして呟いた。
「ニム……?」
名前だろうか? 呼び掛けるように、確かめるように、彼女はその音を口にし、ミルテを凝視して立ち上がりそうにも見えたが、やがて首を振って視線を反らした。
「どうしたのガーネット? 今日は綺麗な人たちを連れているのね」
飄々と言う彼女。だが、どこか気弱そうな様子は残っていた。
ガーネットは牢の格子に近づき言った。
「紗月……いや、レイン、こちらにおわすお方はこの国の第一の姫、イキシア殿下です。今日は貴様を一目見たいと仰ったのでお連れしました。無礼や危害を及ぼすところがあればすぐに相応の対応をすることを肝に銘じなさい」
「イキシア、様……」
ハッとした様子でサツキはイキシアを見たが、また興味のない素振りで床に目を落とした。
「殿下、何を聞けばよろしいでしょうか?」
「私が直接聞きますわ」
ガーネットを一歩下がらせ、イキシアが牢の前に出た。王族ほどの身分となれば平民などに対してはお付きの者を介して話すこともあるのだが、イキシアはそうしないことにしたようだ。
「あなたのお名前は?」
「……レイン」
「調書は見ました。サツキ、ではないのですね?」
「……そうです」
ミルテにこの会話の意味は分からない。だが何となく、違和感を覚えた。
「私が聞きたかったことの一つは、なぜあなたが暗殺に手を染め多くの人を傷つけたり殺めたりしたかですわ。聞かせてくださるわね?」
「……」
紗月、いや、レインと名乗った少女は膝を抱えて答えた。
「私は、刃になっていたから」
「刃に? それはどういうことですか?」
「はじめに、死にたくなくて、抗いもせずに死ぬは嫌で、刀を取りました。その場を切り抜けたとき、私ははじめそのまま逃げて静かに暮らしたいと思いましたが、戦いが、私を追って来たから、私はそれらを斬り続けました」
「はじめはそうだと話したようですね。ですが、そのあとはどうなのですか? あなたは自ら請け負い……他の人たちを傷つけていったのではないのですか?」
イキシアの語尾に怒りがこもった。ミルテは思い出す。彼女と親しいと直接聞いたこともある、ウィリアム殿下がレインに殺されかけたことを。
「それは、そのとき私が刃だったから。刃は人を斬ることを決められている。だから、私は斬った。斬ったのです」
「……あなたは人間ですわ」
断定的なイキシアの言葉。だがそのときレインは姫の目をじっと見始めた。彼女がはじめて見せる、強気な表情だった。
「じゃあ、イキシア様」刃だったという少女は問う。
「イキシア様は人間なの?」
「あ、当り前ですわ!」
「違う。イキシア様はお姫様だ。王族だ。この国を支える役目と義務を持つ。時には人間性を否定してでも権力を振るい何かをしなければならない。そうですよね?」
「……そう……そういうこと、ですの」
イキシアが納得したように答えると、紗月はまた床に目を落とした。
「では、今のあなたは?」
「今の私は、折れた刃です」
その力なく、憐れな自称にミルテは同情を禁じえなかった。しかしそれ以上に、彼女の奥深くにある何かが、レインの様子に深く嘆いているようだった。




