魔術と聖堂と
ヘッシュレイヤ王国は温暖穏やかな天候と肥沃な大地が取り柄の国であり、逆に言えば、それ以外の強みのない国だ。
軍事力は隣の帝国の方が強いが、地力の差で帝国と拮抗している。魔術や学術も少し離れたところにある皇国や共和国には劣る。
だから数日前に持ち込まれた二振りの魔剣も手に余るというのが魔術省の見解だった。
幸いなことに預かってくれとだけ言われ、直せとかは言われてないので迂闊な手出しはせずに、魔術的な安全地帯としてある聖堂の一室に封印することになった。
五式封印術に天才的な才覚を持ち、敬虔で禁欲的な性格から一部で揶揄するように聖女と呼ばれるミルテもその方針に賛成はしていた。その剣は正体不明の強力な魔術を組み込まれている上に、意思を持ち、人を害することを肯定し、持ち主の攻撃的な傾向を冗長させる疑いがあったからだ。余りに多くの血を吸い、呪われている。だからミルテは自分の最善を尽くして剣を封印した。
だが――ミルテはあの剣のことが気になっていた。
剣が封印を破るということを気にしているわけではない。むしろ、剣は放っておけばいつまでも封印できそうだった。悍ましいほどの呪いを纏いながら、同時に安らいだような気配を剣は放っていたから。喰らいあうように一体となった二振りの剣。しかしそうなることで戦いの終焉を迎えたように見えた。でもそれと同時に寂しさも感じた。諦め。祈るような、寂寞。
だからその時もミルテは剣を封印した部屋の近くにいた。
「イキシア様! お久しぶりです。お元気になさっていましたか?」
「ええ、久しぶりですわミルテ。私は元気ですわ」
剣の元の持ち主である騎士と伴いイキシア殿下が聖堂に訪れた。
「イキシア様、彼女をご存じなのですか?」
「ええ。私、少し前までは時折聖堂に来ていたから。ここの空気が好きで」
純粋な姫君はよくこの聖堂で勉強したりして、ミルテも時折会っては話しかけられることもあった。畏れ多いことだが、年齢が近いのでお世話するにもちょうどいいだろうと魔術師の上司からも言われていた。
「お話は伺っていましたが、ずっとお忙しそうだったから良かったです。今日はようやくお休みを取れたのですか?」
「……そう、ともいえるけど、用事があってきたのですわ。ガーネットの持っていた魔剣がいまどうなっているか見たくて」
「あの剣を!?」
ミルテは息を飲んだ。だがそれは、恐怖を想起したからではなく、純粋な驚きだった。
「すぐには無理かしら?」
「いえ……でも、どうしてかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「それは……」姫は騎士をちらっと見てから言った「気になったから、ですわ」
「気になった……」
まさか、彼女も自分と同じことを感じているのだろうか?
ミルテは気になったが、目上の人間を相手にそんな漠然としたことを聞くほど話術には富んでいないので、端的にミルテはこう答えた。
「私も同じかもしれません。……どうぞ、こちらへ」
剣を封じる結界は、部屋そのものを第一層として、部屋の中央に置いた剣を取り囲む魔術陣が第二層、剣に巻き付けた銀の鎖を第三層とした、多層結界だった。
第一層である部屋の中には、簡単な手続きで入れる。浄化され、明かり取りから入る光りが硝子のように感じられる空間でミルテは一息ついた。
「これは……」
「まあ……」
姫と騎士も同じ気持ちなのだろう。そして、封印されている剣を見ると感動にも似た気持ちはいっそう強まる。
輝きを失っているが、二振りの剣はそれぞれ違う技術の粋を凝らしてよく鍛えられたのがわかる。見た目もさることながら、内部に設けられた魔術回路は精緻の極みであることをミルテは知っている。
「この剣は、今後どうするのですか?」
姫が問う。
「特にどうする予定もありません。……恥を忍んで申し上げれば、これは私たちの手には余るのです」
一体どこの国で作られたのだろうか。もしかしたら異界や、古代に失われた天才と文明によってつくられたのかもしれない。とにかく、とてもこの国の魔術では解析しきれないものだ。だからこそこうして封印されている。
「……あなたも、そう思うの?」
ミルテの想いを見透かすように、姫が言った。
「私、は……」
「私は興味があります。予感がするのです。この剣は確かに私たちの手には余るかもしれない。けれども、この力と、この刃と正しく向きあえたなら、私たちはより高みへと進めると。私たちはそうしなければならないと……予感がするのです」
「姫……」
騎士、ガーネットがイキシアに驚きを露わにしていた。
「あなたはどう思うの? ガーネット」
「……」
ガーネットは剣のすぐ近くまで歩み寄る。膝をつき、細身の剣が食い込んだ刀身を覗き込むように見た。
「確かにそうかもしれません。ですが、これは、彼女は、私を明確に拒絶したのです。私との契約を速やかに終了させ……今はこの状態です」
「そうですね。もう一振りの剣のことは知りませんが、ヴェスパさんはとても賑々しい方でしたのに」
二人が何のことを話しているのか少しわからなかった。だが、ミルテもこの剣に意思のようなものがあるのを感じていた。二人はそれと会話したのかもしれない。
ミルテは、決めた。
「イキシア様」
「なに?」
「私は封印する者です。眠らせるものであり、眠ったものを起こすことはないと思っていました。眠るものは起こしてはならない。匣は開けてはならない。それが私の魔術の原則です。ですが……イキシア様がお望みなら、私は私にできることをします」
「そう。それは……ええ、とても良いですわ」
姫は満足そうに笑んだ。
そして少し思案する顔を見せて、こう言った。
「では、あなたも来ませんか? この剣の、もう一人の持ち主のところへ。もしかしたら匣を開ける鍵があるかもしれませんわ」




