訪いと首と
遅すぎた。
あと5秒速ければ、彼女を救えたかもしれない。
だが戦いの世界において5秒は遅すぎる。そもそも、彼女たちが来ると決めた時点で結果は決まっていたのだ。
いや、そもそも彼女を死なせるつもりがなかったのなら、本当に彼女が大切だったら、常に傍においてやっていればよかったのだ。彼女がそう望んだように。そうしなければ、紗月に深く関わろうとした彼女に、最悪の災いが訪れることはわかりきっていた。だが紗月はそれに答えなかった。ついぞその関係を否定し、やがてただの友人のようになった。
彼女を突き放したのだ。切り捨てたのだ。
だから今更悔いも嘆きもしない。そう思うと、紗月の心はいつものように冴えわたり、騒めく人の輪の中で、元娼婦の死体と騎士たちを前に、静かに佇むことができた。
「ふうん、息急き切って走ってきたようで、あまり……いつもどおりですね。この人は必死に、紗月様、紗月様って呼んでいたんですけど」
断頭の刃を持ち上げたガーネットは、それで切断した首をついでのように手に取った。
「ほら、お待ちかねの人ですよ。もう死んじゃいましたからね、これくらいは許してあげますよ」
そう言って放られる首。血をまき散らしながら飛んできたそれを、紗月は受け止めた。
「……ニム」
孤児院の子供の一人が、ニムが騎士団に捕まえられたと紗月に知らせた。紗月は疾風の如くその場に駆け付けたが、人垣の向こうでニムが紗月を呼ぶ声がして、人垣を飛び越えた瞬間にニムの首は切断された。
「一応紗月様にも言っておきますと、その人の罪状は王族・貴族・軍の要人を暗殺した殺人者を匿ったことです。同じ罪を持った人がいっぱいいることがもうわかっているので、その人たちは今頃騎士団が逮捕しに言っています。さすがに子供たちは即処刑というわけにはいかないので、取り調べ後に強制労働でしょうか。この人は罪が大きいので即刻処刑でしたが」
「ごめんねニム。こうなるなら、殺してあげればよかったんだね」
ガーネットの口上は聞いていなかった。以前あったときと様子がまるで違うが、それよりも胸の中の友人だった首の方が大事だった。和服が血に濡れるのも構わず、その首を抱きしめた。
「埋め合わせはするから」
しかし、傷心的な振る舞いもそこまでだった。どこか軽い言葉と共に首を置き、紗月はゆっくりとガーネットの方に歩みよっていった。
「おい貴様!」「武器をおいて地面に」
ガーネットに付き従っていた二人の騎士は、紗月の殺気を感じることができず彼女の前に出てきた。だがすべてを言う前に、元娼婦と並んで2つの首なし死体となって地面に倒れた。
「……!」
禁、と刃と刃が打ち合う音が響いた。紗月はもはや何も言わずにガーネットに斬りかかり、ガーネットも何も言わずに刃を受け止めていた。
「怒っているんですか?」
ガーネットが問う。
紗月は何も言わない。刃を引き、ガーネットの周囲を風のように、眼にとまらぬ速さで駆け巡り刀で舞う。
「やれやれ。怒りたいのはこっちですよ、大罪人。人斬り。人殺し。……貴様がその刃で刻んだ幾多の死、幾多の痛み、この正義の刃で受けるがいい!!」
裂帛の気合と共にガーネットが剣を振った。紗月から見れば鈍重すぎる巨大な刃。だがその瞬間、不可視の刃が無数に襲い掛かるのを感じ、紗月は村雨でそれらをすべて切り払った。
「アバー!」「アバー!」「アバー!」
「アバー!」「アバー!」「アバー!」
「アバー!」「アバー!」「アバー!」
その「刃」が過ぎ去ったとき、野次馬をしていた人間たちのほとんどが首無し死体と化していた。僅かな生き残りは、首のない死体に埋もれて気絶したり、腰を抜かしたまま失禁しながら逃げようとしていた。
「はは……これもすべて貴様の罪ですよ。何十もの首をもったとしても、おまえの罪は贖えない!」
またガーネットが剣を振る。もちろんその重い剣を細身の村雨で受け止めるわけにはいかないから避けるが、再び不可視の刃が紗月を、紗月の首に迫る。
「なに、これ!?」
紗月も架空の刃で相手を斬る「朔」の秘剣を身につけている。だが「朔」の秘剣はあくまでも架空で、物理的にものを斬ることはできない。だがその刃は違った。明らかな物理現象として紗月の首に迫っていた。魔術にしても威力が高く、それに禍々しい気配があった。
『まさか……ヴェスパかえ!?』
『ご名答ですわぁ! ようやく会えましたわね、村雨ちゃん!』
刀と剣が話しはじめた。紗月は構えながらその様子を伺う。
「どういうこと?」
『あの娘が持つのも妾と同じ妖刀じゃ。罪人の首を刎ねるためのエクセキューショナーソード、称をヴェスパという』
「王国にあったのかな」
『さてな。じゃが、おそらくは妾を追ってこの世界に来たのじゃろう。昔から付きまとわれておってな……』
「これが私の正義の刃ですよ! 悪の首を刎ね、正義を示す! さあ、裁きの時です!」
鬼気迫る様子でガーネットが剣を振ってくる。その姿は正義の騎士でもなく、単なる血に飢えた処刑器具のようであった。だがそれゆえに油断がならない。一切の迷いもなく、断罪の刃は紗月の首に迫っていた。
「馬鹿馬鹿、しい!」
紗月は村雨を鞘に納め、迫りくる不可視の刃をただ回避した。抜かずとも敵を斬ることができるなら、抜かずとも刃を防ぐことも可能である。
「罪も、正義も、関係ない。この身はただ一振りの刃」
「我は正義の騎士。我は遍く悪を切り伏せる断罪の刃」
ざわざわと木々が鳴き始める。
ぞうぞうと風が歌いだす
雨。流された血を群がり押しやる雨。
落ちた首を洗い、更なる首を乞う雨垂れたち。




