平和と過去と
「ねえ、マリオくんってサツキさんのこと好きだよね?」
「ぶっ! な、なにを言ってんだよアーシェ!?」
「だってマリオくん、サツキさんを見る目がちょっと違うもん。それにあたしは呼び捨てなのにサツキさんはさん付けだし」
「い、いや、そんなの……」
少女と少年が他愛のない話をしている。
ぶらぶらと歩いていた村雨はそんな場面に出くわしてしまい、姿を消して話を聞いていた。
懐かしい。村雨は思う。
村雨は自分が作られた時の記憶を持たない。気が付いた頃には妖刀と言われていて、人を斬ったりどこかに封じられたりを繰り返していた。人の姿を見せることは昔からできたがそれで何かするということもなく、ただ人殺しの道具として存在していて、今のように、人の如く振る舞い穏やかに過ごすなんてなかった。だがそんな日々に、新鮮という気持ちではなく、懐かしいという気持ちがあった。
この懐かしさはどこから来るのだろうか?
そもそもなぜ「気持ち」を抱くのだろうか?
そんなことを考えているとマリオがアーシェの傍を離れた。とりあえずは紗月のところに行くのだろう。結果は見えていたので、マリオには付いていかず、最近孤児院に出入りするようになった牧場の娘に姿を見せて話しかけた。
「よいのかえ?」
「え!? えっと……ムラサメさん、だっけ?」
マリオが離れたとたん憂い顔になっていた彼女は、村雨に話しかけられて驚いていた。
「そうじゃ、村雨じゃ。それで娘よ、良いのかえ?」
「い、良いって何が?」
「あの男のことじゃ。そのようではまた化生に殺されそうになった時に後悔するぞ?」
村雨の問いにアーシェは胸を押さえ苦しそうな表情を見せた。おそらくは先日化け猿を狩りに行って小鬼に襲われ、危ういところを紗月に助けられたことを思い出したのだろう。
あの時は紗月のことも恐れたようだが、紗月が手当てのために酒場と孤児院に連れてきて、それをきっかけにアーシェは孤児院に出入りするようになった。そうしてまだ短い時間だが、紗月とマリオと話して二人とそれぞれ親しくもなったようだった。
「……でも、マリオくんは良い人だから」
しばしの沈黙のうちに彼女が吐いた言葉はそれだった。
「サツキさんもマリオくんがそばにいたら嬉しいと思うの。……ムラサメさんだってそう思わない?」
「そうかもしれぬな。じゃが……」
そう言いつつ、サツキが男を相手に一定以上の関心を見せたことがないと村雨は思った。女にも男にも親しく接する相手はいたが、特別な男はまだいない。
「……じゃが、あの男ならあれじゃな、関係あらぬ」
「関係ないって」
「どうも妾の主はまだ未通女すぎるのかもしれぬな。主は伴侶よりも友を求めるようであるし、おまえとあの男が親しいところを見せて感化させるところじゃろうな」
「そんなこと……」
「まあ、おまえには難しいかもしれぬがの」
「難しいって……マリオくんのことは」
「男とのことではあらぬ。おまえは妾の主のような者は受け付けぬであろう?」
直接的な言い方だった。もうちょっと迂遠な言い回しをするべきだったかと考えたが、刀の身の上であれば難しいかと諦めた。
それに対し、アーシェは少し黙った後、首を振って顔を上げた。
「そんなことないよ。……確かにはじめて会ったときは恐くも思ったけど、サツキさんも良い子だってわかってるから。そうじゃなきゃ……」
「そうか。礼を言っておくぞ娘よ。じゃが、今はそこまででよい。余計なことはするでない。妾の主の求めは違うし、おまえがそうすることはむしろ主を困らせる」
「……うん、ありがとう。わかった。ごめんなさい」
「わかればよい。ではあの男はここに向かわせるゆえ、待っておれ」
そう言って村雨はアーシェに背を向ける。
「ムラサメさんは、サツキさんを大切にしているのね」
「主じゃからな」
「でも、ムラサメさんは」
「……刀、じゃな。しかしじゃな」
いつも言うことだが、刀であるから人の生き血だけに興味があるわけではない。自分では単なる道具として、主のことを考えているつもりだ。
しかし、それ以上の想いもあるのかもしれない。
ああ、認めよう。
これほど大事にした主は今までなかったかもしれない。だが、その理由は、
「……わからぬよ」
呟くように言葉を残して、ムラサメはその場を後にした。




