決闘と断罪と
ホルンが騎士になって二十数年、これほど面白いと思ったことはなかった。
才能のある騎士なら何人もいた。騎士団長のベニーもその一人で、騎士団の頂点にありながらなお自分の力を磨き続けるストイックさを今も好ましく思っている。ベニーはホルンより2年後輩だが、騎士団を率いるに相応しい男だと思っていた。
だが、それも今日までだ。
時代が変わろうとしているのだ。ベニーのような保守的な騎士はもう必要とされない。ガーネットのように、形式的な立場に関わりなく、なおも騎士でいられるかどうかをこれからは問われるだろう。時代の切り替わりをホルンは期待をもって迎えたが、ベニーは違うようだ。ならば二人の達人の関係も終わりとなる。
眼前に並ぶ二人の騎士。成熟した男と、若々しい女。年齢と性別の違いに関わらず、二人の気迫は拮抗していた。
「今一度問おう。騎士ガーネットよ、そなたは同じ騎士と正式な手順を無視して戦い、相手によってはその場で栄誉ある死を与えず、刑吏の手に渡し屈辱の死をもたらした。この過ちを認めるか?」
騎士団は騎士を簡単に罷免しない。やむをえずその場で殺められた場合を除き、必ず決闘などの制裁をもって騎士の身分に不相応であることを騎士団自身が示し、王族に罷免させる。それが騎士団を強くするためのやり方だと考えられ、制度として確立していた。
しかしこの一月近くで、頻発したイキシアの暗殺未遂で騎士が五名、その慣例の外で命を奪われた。すべての殺害に関与したのはガーネットだった。如何に王族を守るためとはいえそこまでの横紙破りは許されないと、他の王族や貴族の後ろ楯もあり姫の父親である国王も騎士団を抑えきれず、裁決のための決闘が行われることとなった。
決闘する者は騎士団長ベニ―とガーネット。立会人がホルンであった。
「認めません。私は殿下のお命を守るという正義の下に行動したまてです」
わかりきった応答。だがそこにあるのは単なる反発ではなく、断固たる表明だ。
ホルンは決して騎士団や保守的な派閥の声が大きいからこの決闘の場が設けられ、ガーネットが連れてこられたわけではないと見ている。舞台裏のことは興味がない。だがこの少女騎士の目を見ればわかる。彼女はこの決闘に呼ばれたのではない。相手が仕掛けてくるのを待っていたのだ。
「正義とな。貴様の正義には騎士団の伝統が含まれていないのか?」
ベニ―が威圧を込めて問うが、ガーネットはこれも涼しくいなす。
「伝統は正義ではありません。殿下の正義が私の正義であり、それに仇なすものは有象無象の区別なく一切が悪です」
ガーネットの言葉は鋭く揺らぎなかった。ホルンは笑いをこらえるのに必死になった。
ベニ―はそれに鼻白み、決闘の観戦者たちに向かって大声で宣った。
「ご覧になられたか、この者の態度を! この者は騎士の身分を与えられながら騎士をないがしろにした。もはやこの者に騎士を名乗らせること能わず! 我はこれからそれを証明して見せましょう!」
観戦する貴族たちから否の声はない。国王は不在で、イキシア殿下は来ているが彼女は言葉を堪えるようにして何も言わなかった。
決闘で双方の意思を示す、という流儀に従って立会人であるホルンはガーネットに問いかける。
「ガーネット。何かいうことはあるか?」
「……騎士は騎士のためにあるわけではありません。護るべき何者かのために騎士であるのです。騎士団長、この道を誤った報いを受けるがいいでしょう」
厳かに告げ、彼女はその巨大な剣を構える。それはホルンから見ても異形であった。
「俺に報いを? 面白い!」
「両者構えよ!」ホルンは叫んだ。
「余人は手出し無用! 己の称に恥じぬ、正々堂々と戦いを見せよ! ――はじめ!」
開始の合図をしたが、二人は動かなかった。ベニ―は剣と盾を正面に構え、ガーネットは大剣を地面に置くように下段に構えながら、睨み合う。
「来ないのか? 俺に報いを与えるのではないのか?」
「私が動けば、悔いる間もなく死んでしまうでしょうから」
「……舐めるな!」
ガーネットの態度にベニ―が激昂したように踏み出す。剣が振り下ろされ、ガーネットが持ち上げた大剣とぶつかる。強い剣戟の音が鳴り響いた。
ベニ―は強い。それはホルンも認めるところだ。よく鍛えられた剣術、膂力、粘り強い足腰。魔力も高く今日は体表から溢れた魔力が光って見えるほどだ。ガーネットは重い剣を振り回せず防戦一方になっているように見える。
「イヤー!」
「……っ」
ひときわ強い一撃がガーネットの首を狙って振るわれ、受け止めたガーネットの腕、身体が揺らいだ。更にベニ―は鍔迫りしながら押し込む。
「これで終わりか? 貴様も見た目にそぐわず力が強いが、俺には敵わぬわ」
「……そうでしょうか?」
その瞬間、ガーネットの剣が赤く輝きだした。彼女の身体も輝きだす。暴風のような魔力が吹き荒れる!
「……っ」
「イヤー!」
その時、ガーネットの剣がはじめて持ち上げられた。振るわれる一閃。咄嗟に後退しながらベニ―は盾を構えたが、一撃の下に盾は拉げ、二つに割れた。
「へえ、腕も切れませんでしたか」
ガーネットはまた大剣を下段に構えながら、剣を片手に持つだけになったベニ―を嘲笑うように言った。
「盾を割っただと……?」
ベニーの動揺が観戦者たちにも伝わる。ただの木の盾ならともかく、ベニーの持っていた盾は鋼鉄性だった。剣で切れるわけがない、と考えるのが当然だ。
「この剣、ヴェスパはあらゆる悪を断罪する剣。咎人の首だろうが鋼鉄の盾だろうが区別しない」
「……戯れ言を!」
ベニーが吠え、剣を両手持ちにしてガーネットに襲いかかる。疾風迅雷。激しい剣戟の音が鳴り響く。
ガーネットは正眼に剣を構えていた。さすがにベニーの打ち込みが激しすぎて構えざるえなかったのだろう。長大な剣が持ち上がることでベニーが間合いの外に出される。ベニーの不利に傾くかと思われたが、
「イヤー!」
再びベニーが吠える!
雷槌のごとき一際大きい剣戟の音が響いたとき、ガーネットの剣が上方に弾きあげられて死に体を晒していた。ホルンがそれを目にしたときには、ベニーは次の一撃を放たんとしていた。
決着だった。
「アバ―!!」
果たして、惨めな悲鳴をあげたのはベニーだった。彼は右肩ごと両手を切断され、無惨に地面に転がっていた。
ガーネットは無傷だった。地にめりこむほど強い力で振り下ろした剣を掘り起こすように持ち上げ、ベニーの頭上に構えあげた。
「咎人が断頭の刃に抗うこと能わず」
その言葉の意味はホルンにも理解できない。しかし説明するなら、魔剣・ヴェスパは斬首刑のためのエグゼキューショナーソードだということだ。その特性としてとにかく切り降ろしの一撃に特化した部分があり、持ち主がどれだけ危うい姿勢を取ったとしても正確な切り降ろしを放つことができる。それによりベニ―の雷電のような一撃よりも速く切り降ろされ、彼の身体を切断したのであった。
ふいに、空の金色が目に染みた。
黄昏だった。
終焉を告げるように、最後の慈悲を与えるように。
「……待て! 決闘では戦闘不能になったものを傷つけてはならない!」
咄嗟にホルンはそう叫んだ。立会人としての一応の責務であったから。
だがガーネットは剣を振り上げたまま言った。
「これは決闘? いいえ。
これは制裁? いいえ!
これは断罪!
咎人よ、我が正義の刃の味、その身で噛みしめるがいい!」
鋭い宣告の叫びと共に刃が振り下ろされる。二度にわたり断罪の刃を逸らしたベニ―の護りの魔力であったが、三度目はなかった。鈍い斬撃の音と共に騎士団長だった男の首が飛び、血が迸った。
処刑場となった闘技場に、弔いの斜陽が指す。
処刑人もまた銅色の魔力を纏い、静かに佇んでいた。
そのとき、俄に西の空が陰った。
雨雲だった。
「……なあんだ。そこに、ここに、いたんですね。ふふ……あはは、あははははははは!!!」
血塗れたまま高らかに笑う少女を、ホルンも含む誰しもが色を失いながら凝視していた。




