従妹と従兄と
イキシアにとってウィリアムは兄だ。従兄弟の関係だが互いに兄弟はなく、独立性が弱くどちらかといえば人の頼る性格のイキシアはウィリアムをずっと兄と慕い続け、ウィリアムもそれを拒まなかった。
一方でそれ以上の気持ちがあるかといえば、よくわからなかった。周囲には未来の伴侶と影に日向に言われるが、肝心の王と王妃である両親は何も言わないし、王の弟であるウィリアムの父も慎ましくそういうことは口にしないので、イキシアはウィリアムとそういう関係はあまり考えないようにしていた。王族として結婚など自分の気持ちとは無関係に進むだろうという考えもあったが、単にウィリアムを男性ないしは恋人として見る気持ちはこの歳にしてもなかった。
別に彼のことが実は嫌いということもない。やはりウィリアムは親愛なる兄なのだ。彼が瀕死の重傷を負い面会謝絶になって一月からさらに半月離れている間も、彼に対してはやはり肉親への恋しさしかなかった。
ようやく面会の招きが来た。ガーネットを連れて、とも伝言されたので、彼女を連れてウィリアムの治療室へと赴く。彼はベッドから身体を起こして柔らかな笑みでイキシアたちを迎えた。顔色は良さそうだった。
「お兄様……! もう大丈夫なのですか?」
「ああ、おかげさまで、たっぷり休ませてもらったからね。それに最初の処置が良かったから回復も順調だと言われているよ」
そう言ってウィリアムはガーネットに視線を向けた。彼女は少し離れたところで跪いて待機していたが、ウィリアムの視線に首を垂れた。
「もったいなきお言葉、歓喜の極みでございます、殿下」
「本当に君には感謝している。……だから、どうか立ってこっちに来てくれないか。イキシアはそこの椅子に座って」
ウィリアムの声音が変わった。イキシアは言われたとおり椅子に座ってウィリアムと向かい合った。
「さて……きっと察しているとは思うが、私が死にかけてから目を覚ましてはじめて面会する人間はイキシアたちではない。むしろイキシアはほぼ最後だ。私が呼んだのはイキシアが最初で最後の一人ではあるけどね」
「……まあ」
シリアスな状況を口にしつつも甘やかすような言葉を忘れない。いつもらしいウィリアムの様子に、イキシアは少しだけ笑って答えた。
「私の下には招かれてもないのに顔を出して聞いてもないことを話していく人間がたくさんいた。それでイキシアの動きもだいたい把握した」
ウィリアムはそこで言葉を切る。イキシアの思考の動きを推し量るように。試しているように。
イキシアは何も言わず、毅然として彼と向き合った。なぜならこのような時はいつか来ると思っていたから。二人が会わないうちに、イキシアは彼にとってただの妹分ではなく、自分の考えを持ち周囲を動かす一人の姫になった。しかも二人の方向性は真逆とも言える。姫と王子。二人の王位継承者としての緊張感をもってイキシアはウィリアムに向かい合った。
果たして、彼はそんなイキシアの様子に満足したように笑った。
「良い目だ。しばらく見ないうちに君は、そう、私が思っているよりずっと高貴な花になったね」
「……も、もう、お兄様? そういうのはずるいですわ」
「いや、本気だよ。何も駆け引きのつもりはない。……まず言おうか。私は当面の間は傷が痛むといってここに引っ込んでいることにするよ」
第三王位継承者としてのウィリアムに、ほぼ互角の身分として対立せざるえないと思っていたイキシアは、相手の言葉に驚きを隠せなかった。
「ど、どうしてですの?」
「こらこら、そんなふうに表情を見せていいのかい?」
「これは……お兄様が相手だからですわ」
立場はどうあれ、腹芸の類は彼にしたくないと思っていた。それで自分の望みがどうなろうと。
そのイキシアの様子に、ウィリアムはお手上げとポーズして見せた。
「しかたないのない妹姫だ。まあそれでもイキシアはよくやっていると私は評価した。これでは私が出ていったらぶつかりあって互いの邪魔にしかならないだろう。私が望むのはあくまで我ら王国が永く強くあることだ。君と争い合うことではない。だから、今はイキシアに任せることにしたんだ」
彼の言葉には偽りの色がなかった。
生まれてきてこのかた、この従兄にこれほど信頼されたことがあっただろうか? そもそも信頼という気持ちもなかったかもしれない。イキシアは数か月前までは自分が単なる姫でしかなかったことを自覚しているし、今も多くの人間は彼女を見縊り、反発している。だが彼は会ってもいないうちから、イキシアを信頼すると決めていた。イキシアは胸の中から熱い気持ちが溢れるのを抑えられなかった。
「お、おいおい、泣かないでくれよ愛しい花の姫。君の騎士も呆れているぞ」
「いえ私は」それ以上ガーネットは言わなかったが、何か含みがありそうだった。
「わかりましたわお兄様。きっとこのイキシア、この国の素晴らしい未来を一日でも早く手繰り寄せると誓いますわ!」
「ああ、今の君ならできるだろうさ。……ただ、それでも今のままでは不安なこともある。これから先に進むためにはより強い力が必要だ」
そしてウィリアムはイキシアの騎士にまた目を向けた。ガーネット。イキシアの騎士。いま最も頼るべきは、従兄ではなく彼女だ。その彼女に何を言うつもりだろうかとイキシアは固唾をのんで見守る。
そのイキシアの眼前で、ガーネットは第三王位継承者に跪こうとした。しかしウィリアムはそれを手で制した。
「今は私に跪かない方が良い。君の姫君のために。それに、私の話を聞き、それを為せば、君は私に跪いても決して揺るぎない立場になるだろうし」
「……どういうことですか?」
訝し気にガーネットは問う。ふと、イキシアの女としての勘が、ガーネットの露わにする怪訝さが通常の相手に見せるそれとは一線を画していると囁いたが確証はなく、イキシアは二人を見守り続けた。
ウィリアムは悪役のような笑みを浮かべてガーネットに告げた。
「姫からアイリスの称を授けられた騎士ガーネット、君、騎士団長と決闘したまえ」
彼の言葉はまたイキシアを驚かせたが、彼女の騎士は特に動じた様子もなくそれを聞いていた。それがまたイキシアを驚かせ、動揺させた。




