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病と薬と

紗月が王都に来て二週間が経った。

殺し屋をやめてどうしたら良いという問いに、自分の生家である孤児院を助けてほしいとニムに言われたことがここに来た理由だ。殺し屋としての契約者であるディーと関係を断つのは案外簡単で、王都にもコネクションはあるのでよろしくと言われた程度だった。

孤児院は、この国の状態からあまり良くないだろうことはわかっていた。紗月は政治家ではないから孤児院の予算を増やせないし、逆に政治も孤児院のあり方を特に規定してないようなので、紗月は少しばかりの児童労働に手を染めることにした。幸運にも前世の記憶からアグリビジネスを簡単に起こせそうだったので、とにかくアイデアは出した。孤児院の年長のマリオがうまいこと運営してくれ、ビジネスは軌道に乗った。また村雨も意外な一面を見せ、別のビジネスも始められた。最悪また暗殺でもするしかないかと思っていたが、まっとうなやり方で紗月の新しい居場所を作れそうだった。


そう思い始めた矢先、マリオが喘息で倒れた。


『五分五分というところじゃな。寝かすだけで持ち直すかどうかは』


また意外にも病の診断もできると言った村雨の診断がそれだった。


「何年か前に倒れたときも、危なくて薬を買ってきたよ」


ニムはそのとき孤児院にいたようだ。


「でもマリオに効く薬は高くて……」

「お金なら、あるでしょ」

「やめて、くれ。あの金は……俺なら大丈夫、だか、ら」


紗月は毅然と薬を買う決断をしたが、マリオはそれに反対した。


「サツキ、さんに、うまいもの、食べさせて、もらってる。体力は、ついている、はずだ」

『それがあってようやく五分五分じゃ。それにそなたの身が栄養を蓄えはじめてまだ半月じゃ。そなたの身体はまだ大して変わっておらぬわ』


マリオの楽観的なような言い分を村雨は冷徹に否定する。

紗月としても、たかだか50パーセントの確率に甘んじるつもりはなかった。

紗月は立ち上がる。その手に刀に戻った村雨が収まる。


「……どこへ」


何かを感じたのかマリオがベッドで身じろぎして紗月に問いかけた。


「マリオくんは心配しないで。予算を使うつもりがないなら、別のお金を稼ぐだけだよ」


(その方法が何になろうと)

そう決意して紗月は歩き始める。マリオには紗月が何者であったかはまだ話していない。だがマリオは何かしらの予感を覚えたようだし、紗月をここに連れてきたニムははっきりとそれを悟ったようで泣きそうな顔をしていた。

しかしそれも束の間、ニムは「そうだ」と明るく立ち上がった。


「ちょっと危険だけど、サツキちゃんに良い仕事があるかも!」







ニムの思い付きでやってきたのは表通りから少し外れたところにある酒場だった。

「最近ここで働いているの」と彼女は言った。やや柄が悪そうだがスラムというわけではなさそうだ。単なる歓楽街だと紗月は評価した。

人手が足りないから一緒に働いてくれという話かと思いつつ紗月は酒場の中に入った。


「へいらっしゃい! なんだニムちゃんか。まだ仕事には早いと思うが」

「おはようございますマスター。えっとお仕事の前に、別のお仕事……ハンターの依頼の話を聞きたくて」

「え? ……ははあ、もしかしてそのお嬢ちゃんが?」


従業員と店主という関係か、すっかり気安い二人の注目が紗月に向けられる。

紗月は自然な様子であいさつした。


「はじめまして、紗月です。……何の話か聞いていませんが」

「お嬢ちゃん、サツキちゃんはハンターかい?」

「ハンター? 猟師ってことですか? できはしますが……」

「ああ、えっとね、サツキちゃん――」


そこでニムが説明した。ハンターとは猟師ではあるが、街にいる猟師は村にいる猟師と異なり、ギルドと呼ぶシステマチックな登録を行い狩り以外の多様な仕事をこなすとのこと。


「……冒険者?」

「ああ、他の国だとそう言うこともあるね」


次いでニムが説明を続ける。最近戦争が続いていることで傭兵の報酬もあがり、腕に覚えのあるハンターは傭兵の方に移行してしまったこと。しかしここ数週間で魔獣と俗に言われる、魔術災害化した野生動物の討伐が騎士によって行われず、ハンターにも多めに仕事が回ってきているが消化されていないということ。

ニムは紗月がそれに手を付けることを提案した。


「ふーん。まあいいよ。やってみるよ」

「ほお、サツキちゃんは腕に覚えがあるようだな」

「まあ……」


紗月は言いよどむ。殺し屋をやってたと言ってもいいが、この店主、モーリスはわりと堅気の人間に見えて言いづらかった。モーリスの方も何か感じたらしく、二人の間に微妙な緊張感が漂う。

それを打ち壊すように、ニムは陽気に言った。


「そうですよマスター。サツキちゃんは私の旦那様ですから」

「え、ちょっと」

「おお、そういえばそんなことも言ってたなあ。ニムちゃんには恐い旦那がいて、手を出すとおっかない目にあうって」

「ちょっと何を聞いたの!?」


王都に来てからはニムが紗月を様付けで呼んだり恭しい態度で接したりしてこなくなったので、紗月の中では無くなったこととして意識の片隅に追いやられていた主従関係だったが、どうやらニムの中ではまだ十分に有効だったらしい。


「ニム……」

「ま、まあまあサツキ様、こういう場所にいるとちょくちょくそういう話にもなっちゃうから、私にも口実があると良いっていうかサツキ様はやっぱり私の旦那様って言いますかぁ」


紗月は溜息を吐いた。諦めだった。できればそもそもそういう話をする場所に近づいてほしくないという気持ちがあるが、彼女の持つ対人スキルを活かすならこういう仕事の方が良いのだろう。そう諦めるしかなかった。


「……仕事の話をしよう」

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