生存と契約と
村雨――その呼び名を口にしたとき、それはずっとそこにあったかのように腰に差されていた。
芝居のようにわざわざ抜き身を掲げずともわかる。鋭い刃。数多の命を屠り血を啜ってきたあやかし刀。それはあの時(そんなに昔のこと?)にも感じたが、今はさらにその感覚が強い。勝利――ではなく、ただ敵が全滅するであろうことを、少女は確信した。
「……辞世の句を聞けばいい?」
「あ?」
「生かしておくつもりはないけど、情けくらいはかけてあげる」
「なあに……言ってんだよぉぉぉ!?」
男が消えた松明を投げ捨て、剣を掲げようとする。
だが、その刃が頭上に届くことすらなかった。男は少女が刃を抜いた瞬間すら見えなかっただろう。
袈裟の逆しまで切り上げられ、裂ける肉体。血飛沫は、降りしきる雨に流されていく。闇に刃の暗い光が閃いた。冴えわたる抜刀の技であった。
そこからのことは最早語るに値しない。
驟雨に伴う木枯らしのように、少女は駆け、水に光と火を奪われ闇に飲まれた人間たちを一人一人殺めていった。それは戦いではなく、単なる屠殺だった。
『見事じゃ。それでこそ妾の主にふさわしい』
人の気配の途絶えた闇の中で、声が――刀が言った。
雨は止み、叢雲の狭間から月光が降りてくる。照らされた刀身は、多くの骨肉を斬ったというのに、曇りも毀れもなかった。
「これは……私の技なの?」
少女は数多く持つ疑問の一つを口にした。剣術を学んだ記憶はあるが、これほどの技前ではなかったはずと。
『まあ、妾との契約で主に業が共有されたからじゃろうな』
「契約?」
『覚えておらぬか? 契約も、業も、主が望んだものじゃが。……とはいえ、主も輪廻をくぐったようであるしな』
「……転生」
それはすなわち、死。船旅の生。すなわち少女は……。
(でも、生きている)(生きのびた)
戦うと決めたとき、死を覚悟した。生き永らえることなど考えなかった。しかし少女は死線を超えた。手に残した命、力、刃は重く。
「疲れた、よ」
『そうじゃな。主の魂魄は乱れきっておる。休息が必要じゃな』
少女はその言葉に弱く頷く。刀を振って水気を払い、木の葉で拭いて鞘に納めたところで、また話しかけた。
「……村雨?」
『ん?』
「村雨、というのね?」
『そうじゃな。それが今の妾の呼び名じゃ、主よ』
「私は、村雨の主」
『人の魂では仕方ない、忘れておるかもしれぬが、そうじゃ。妾は主と契りを交わした』
「……村雨の主の名前は?」
(私の名前は?)
問いへの答えには沈黙があり、その静寂を月明かりが照らしていた。雨上がりの夜空は、薄絹のように淡く、星と月が輝いていた。
『その身の名は知らぬよ。だが、時と空を越える前に会うたときの名は――紗月といったよ』