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王城と反対者たちと

王都では最近雨が降ることが多くなった。

どうということはなく季節的なものだ。夏に近づくと離れたところにある雨の降りやすい森の雲が、王都に来やすくなるらしい。治水の手間がかかるが、生活用水の確保もしやすくもなる。

だが今はあることを知る者たちには、雨は別の意味を持っていた。「驟雨の死神」。「グリム・レイン」。彼女にウィリアムが瀕死の重体に追い込まれ、ガーネットが紗月と刃を交えてから一月が経っていた。ウィリアムは目を覚ましたがまともに話せる状態ではなく、面会謝絶での療養が続いている。ウィリアムが活発に動いていて機能していた王城は、今はイキシアが動かしはじめている。

だがイキシアはガーネットに宣言したとおり、好戦的で強硬だったウィリアムとは反対に、平和的で穏当な路線に国を進めようとしていた。その方向転換は元々ウィリアムの急進的なやり方に不満を持っていた貴族たちが、更に不満を募らせる原因となった。

結果、雨が降るとイキシアのもとを招かれざる客が来るようになった。端的に言えば暗殺者である。それも摸倣犯。サツキを追いかけたガーネットにしてみれば、他の暗殺者などキイキイと鳴きながら走る鼠に過ぎなかった。

その日、イキシアが王城の中で貴族ミケーラと話をしに行って、自室に戻る最中に人気が途絶えた廊下で一人の騎士と会った。


「今日は騎士ですか、ムンドさん」


雨の音の中で、ガーネットはイキシアの前に立ち騎士ムンドにそう尋ねた。


「……? 何のことだいガーネット。僕は偶然ここに来ただけだが」

「殺気が漏れているんですよ。今ならまだ同じ騎士のよしみで見逃してあげます。後ろを向いて戻るか、裸になって何も持っていないとわかる状態になってください」

「ガーネット、それは聞き捨てならない侮辱だよ。君にそこまで言われる筋合いはない」

「そうですか」


ガーネットは背負っていた大剣、ヴェスパを構えた。


「安心してください。誰の差し金か言えばその時点で首を落としてあげます。でも誤魔化すなら足の指から一本ずつ落としていきます」

「同じ国の騎士に剣を向けるとは君は」


ガーネットは最後まで聞かず、ヴェスパの切っ先を、何かに振り下ろすかのように床に刺した。


「まず一本。右足の親指から」

「え……グワ――!」


突然ムンドが右足を抱えてうずくまった。

必死になって鉄の付いたブーツを脱ぐと、靴下が血に染まっていた。靴下も脱ぐと、ころりと親指だった肉が転がり出てきた。


「う、うそだろ、まさか本当に、グワ―!」

今度は左足のブーツを脱ぐと、靴下が血に染まっていた。靴下も脱ぐと、ころりと親指だった肉が転がり出てきた。

「左足の親指。早く話してください。殿下はお忙しいのですよ」


だがムンドは口を開かなかった。足の指を全部落としたところで泡を吹いて気絶してしまった。気絶すればあとで尋問と拷問で更に苦しむ羽目になるというのに、どこかの貴族についたことも含め要領の悪い男だとガーネットは思った。



「私たちは血を流さなくていい日々を求めているというのに、どうしてこのように血を流さなければならないのでしょうか?」


ムンドを縛って別の騎士に身柄を預け、イキシアを彼女の執務室に連れていったところで、椅子に座った彼女が顔を覆いながら言った。

ガーネットはそれに淡白に答えた。


「血を流すことを望んでいる人たちがいるからです。彼らが血を流すことを望み続けるなら、彼ら自身の血を流すことになるのです」

「どうして彼らは……」

『それが正義というものですわ。そんなことも知らないのかしら?』


不意に聞こえる声ならざる声。二人しかいない部屋に姿を見せるドレス姿の少女。

否。彼女ははじめからそこにいた。そこにあった。彼女ことがガーネットと契約した魔剣・ヴェスパであった。


「ヴェスパ。姫にそういう口の利き方は許さないと何度も」

『わたくしも、あなたと契約したけれどあなたの奴隷ではないと何度も言っていますわ。わたくしを道具として使うことは許したけれど、わたくしの考え方や話し方を変えることはできませんわ』

「だったら黙っててもらえませんか?」

『嫌ですわ。こういう頭の中にお砂糖が詰まったみたいなことを言っているのを見ますと、首を刎ねたくて仕方なくなるのですから』


ヴェスパもまた姫のような服装、それもイキシアよりも豪奢で、態度も高飛車だ。しかしだいたい口を開くと二言目には首を刎ねたいと言う。


紗月に瀕死の重傷を負わされたとき、ガーネットは生死の境でヴェスパの存在に触れた。彼女は世界を渡り歩く旅をしていて、生死の境という超次元的な状況だからガーネットと接触したと言った。ヴェスパの旅の目的は、紗月の持つ村雨だという。三次元空間にいられると正確な位置までわからないので、村雨と接触したガーネットに力を貸す代わりに、村雨ないしはそれを持つ紗月を見つけろというのが、ヴェスパとガーネットの契約となった。

ヴェスパはいわゆる魔剣で、持ち主の魔力を増幅し、また魔術の刃を低コストで発生させる力を持っていた。全長がガーネットの身長ほどあり、肉厚で鈍重で剣というよりはただの鋼の塊のようだが、魔術の刃を飛ばすのが主な攻撃手段になるため、大きいことのデメリットは少ない。それにしてもなぜこれだけ大きいのかと言えば、罪人の首や銅を断つための剣だからだという。処刑刀とかエクセキューショナーソードなどとも言うらしい。わざわざ魔剣をそういう形で作ったのか、そういう剣が魔剣になったのかは不明だ。彼女は高貴な人格を持っているようだが、その由来は彼女にもわからないらしい。


扱いの難しい道具を手に入れてしまったと内心で溜息を吐きながら、ガーネットはイキシアの前に跪いて言った。


「シア様、ご心痛は察するに余りあるほどですが、どうかお心を強くお持ちください。姫の御身に降りかかるあらゆる脅威も、姫の理想を邪魔するあらゆる不義も、この私が跳ねのけ切り伏せていきます」

「……そうですわね。民とこの国の未来を思えば、ここで立ち止まるわけには行きませんわ」


イキシアは瞳に力を取り戻して、今日の分として積み上げられていた書簡や書類に手を付け始めた。

ガーネットはそれを穏やかに見つつ、先ほど捕らえた騎士ムンドや、彼が吐くだろう貴族の存在を考えた。遠からずこの手で彼らの首を刎ねることになる。そこまで考えたガーネットの口元は、人知れず暗い微笑で歪んでいた。

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