王都と孤児たちと
いつも、空腹で目が覚める。
これが腹時計かといつも思う。単に早起きの習慣が身についているだけかもしれないが、とにかく起きた瞬間から腹が減っていて仕方がない。
台所に向かいながら今日の朝食はどうしようかと頭を悩ませる。何も浮かばない。というより何も食材がないのだ。小麦粉はあっただろうか。肉はない。魚もない。草か茸はあっただろうか。
しかしそんな絶望的な気分も、台所にある洗面台で顔を洗う少女を目にしたときに吹き飛んだ。朝の淡い日の光に黒い髪が宝石のように煌めている。白い風変わりな服の袖が捲られていて、嫋やかではないが引き締まって健康的な腕が露わになっている。
「おはよう、マリオくん」
顔を洗い終わってタオルで顔を吹きながら少女が挨拶してきた。やや高い、凛とした声に胸が高鳴った。
「あ、ああ、おはよう……サツキさん」
サツキは一昨日からマリオたちがいる孤児院に居候するようになった少女だ。彼女は剣を生活の糧とし、そのための鍛練を早朝からしているからこうして顔をあわせることにもなる。
「これから朝の準備? 何か手伝おうか?」
「い、いや、その、でも……なんかあったっけ?」
「なにかって、食べるもののこと?」
マリオは頷いた。手伝うと言われても作る材料がなければ大した作業も発生しない。だから先生たちも含めてたいていの人間は朝のぎりぎりまで起きてこない。
だが、サツキは笑った。とても自然に。その瞬間、ようやくマリオの脳が起きて現状認識のアップデートが始まった。
「まだ昨日買った小麦粉とチーズがあるよ。あとは野菜と。実は昨日から朝にサンドイッチを食べようと思ってて。マヨネーズはないみたいだけど……」
サツキの話を聞いてマリオの腹がまた、ぐうと鳴った。それもいつもみたいに絶望的な鳴き方ではない。これから得られる食事を期待した鳴き方だ。
彼女の笑みに声が伴った。恥ずかしかったが、それよりも嬉しい気持ちがあった。
サツキが居候を始め、それと昔ここにいたニム姉さんが帰ってきた2日目で、早くも孤児院は変わり始めていた。
まず何にせよ元手となる資金を持っていた。資金の大部分はサツキのもので、孤児院の先生たちやニム姉さんもサツキがお金を出すことに遠慮していたが、サツキはうむを言わさずお金を使ってまず衣食を供給した。孤児院の整備も遠からず始めると言っていた。
そしてお金を得るための知識も持っていた。
サツキが「マヨネーズ」が無いと言ったその日、卵やら酢やらオリーブオイルやら、貧しい食卓にはお呼びでない食材を大量に買って調合を始めた。ほどなくして白くてドロッとしたソースを作ってサンドイッチに塗って出してきた。
「まあ食べてみてよ」
「えー……うお……うまい!」
孤児院には古いが堅牢な石窯があった。焼きたてパンと、一般に知られていないマヨネーズを使ったサンドイッチを孤児たちで作れば売れる。サツキの唐突で簡単な計画は実際当たり、すぐにサツキの財産に頼ったり物乞いをしたり端金の仕事をしなくても、日々の糧を得られるようになった。
売りに行くのももちろん孤児たちだったが、ニム姉さんも売りに行ったり市場で食材を仕入れたりしていた。彼女はよく売ったし買うのも上手だった。
また、サツキは魔術師らしく、ムラサメという小さな女の子に見える使い魔を連れていた。魔術師の使い魔が普通どういうものか知らないが、この使い魔は見た目によらずサツキよりも博識で器用だった。彼女は古く汚れた服を預り、綺麗に洗濯して仕立て直す方法を孤児たちに教えはじめた。ムラサメの教え方は上手で、数日のうちに数人の孤児たちが洗濯と縫製の才能を開花させていった。王都といえど戦争で市民たちは服がなかったりして困っていたので、服の修復という需要はあり、こちらでも相当の収入を得られるようになった。更にムラサメは勉強も教えることができた。
「とても刀とは思えないんだけど」
サツキがあるときムラサメにそんなことを言っていた。
「まあ、なんだか思い出したのじゃ。昔々、妾は神社で巫女たちと共にいた気がする。巫女たちは村で服や道具を作ったり、子供たちに文字や神話、数の数え方や自然のことを教えておった……気がする」
マリオはといえばサツキの思いつきを実現する手伝いをしたり、年下たちがムラサメに教わりやすいように筆記道具や教室を準備したりと忙しくしていた。肺が弱く一人立ちが難しくて孤児院に残っていたものの何もできず忸怩たる思いをしていたが、最近はそういう気持ちもなくなった。状況を変えてくれたサツキには感謝し、また年の近いサツキに親しみも感じていた。
そのように穏やかな日々は過ぎていった。




