刃と刃と
緊、と音を立て紗月が細身の剣を(刀を)納めた瞬間、ガーネットは彼女の気迫が更に増したことを感じた。
カタナを抜いていればそこに注目が行く。刃の姿勢で次の攻撃もわかる。だが納められていれば……攻撃はその鞘から抜かれる瞬間かもしれないが(居合だ)、抜いてその次の一振りが本命かもしれない。いや刀を抜かずに徒手空拳で来るかもしれない。彼女ほどの身体能力があれば大抵の人間は素手でも殺せるだろう。
紗月の言うとおりだった。彼女は刃そのものだった。だから彼女は強い。鋭い。抜かずとも抜いている。月のない夜の闇のように恐ろしかった
貫かれた左腕が痛い。切り裂かれた脇腹からの出血が酷い。あの剣は何らかの魔力も帯びているようで、傷の治療もうまくいかない。ガーネットは死を覚えた。そして、次の瞬間にも命を刈り取られるかもしれないという恐怖に震えた。
先程から未知の既知感が脳裏で蠢くがあまり役に立ちそうにない。
このままでは勝てないと悟った。
(私は刃だ)
死にたくない。
(私は姫の大義のため、道を切り開く刃だ)
生きてかえる。たとえどんな形でも。
ガーネットは魔力を練り上げていく。剣のように。鋼のように鍛えた魔力は、紅く光って彼女を覆った。
「素敵……」
そう紗月が笑ったとき、彼女の姿が消えた。
後ろから斬られる感覚を覚えた。
だが、それを感じたときに紗月はそこにいない。まるで紗月の「朔」の太刀を見切ったように、ガーネットは揺るがず剣を自分の正面で振り落とした。
「「ヤァァァ!!!」」
果たして、二人の刃、二つの刃は互いにぶつかりあった。
雷鳴のような気迫。衝撃。鳴り響いた。
「……カハ!」
弾、と音を立てて紗月が吹き飛ばされた。力と体格の差に負けて吹き飛ばされたのだ。
勝ったのはガーネットか? 否、彼女は打ち合ったその場に立っていたが、剣が断たれていた。そして、鎧も切り裂かれた。
「ァァァ!」
血が吹き出し、ガーネットは倒れた。紗月を力で押し返したため、すぐに死に至るほど深い傷ではない。だが他の傷も合わせて、出血と雨による体温低下で意識が薄らぎ始めた。身体は動きそうにない。
「今日はここまでかな」
地に伏したまま気力で首だけ曲げて上を見ると、刀を納めた状態で紗月がガーネットを見下ろしていた。止めを刺すような殺気はない。紗月もガーネットの攻撃の衝撃で全身に創傷や打撲を負ってカタナを振るのは難しい状態になっているようだが、ガーネットと違って歩く力は残っているようだった。
「楽しかったよ。紗月の記憶を思い出してから、一番。前の世界で会えてたらきっといい友達になれたと思うんだ。……また、会えるといいね」
そこまで言って彼女はガーネットに背を見せた。
「待て……!」
「なに? 介錯してほしい?」
残酷な言葉。だが振り返り見る彼女の黒い瞳は、哀しい色を宿していた。
「もう諦めるなら、殺してあげても良いよ」
「……ッ」
「だよね。まだ諦めてないよね。うん、きっとまた会えるよ。楽しみにしてる。じゃあね、ガーネット」
そして紗月は、人斬りの少女は去って行った。
無念。
怒り。
屈辱感。
名状しがたい苛立ちが、ガーネットの意識を支配する。前の世界で? 良い友達になれると言っていた。そう言いつつ彼女はもうすでに友達になったかのようにガーネットの名前を気安く呼んでいた。人斬りのくせに。どうしてあんなに悲しみに澄んだ瞳をしているんだ。あの剣の冴えは単純な人斬りだけでは到達しえない。生も死も超越した境地で、ただ一心に技と道を極めんと努力したからあの高みにあるはずだ。たとえ魔物めいたカタナがあったとしても、その業を背負うだけの素質を養ったからこそあれほどの力を手にしたはずなのに……。
悔しかった。口惜しく、恥ずかしく、惨めだった。
ガーネットの意識が消えていく。彼女は刃として己の敵すら切り倒せなかった。
うらやましい……。
(わたしにも、せいぎのやいばを……)
『あなた、おもしろい魂の色をしていらしてね。懐かしい、というのかしら』
生と死の狭間まで落ちた意識に呼びかける声があった。
『わたくしが初めて首を斬ったあの子のよう。わたくしで初めて首を斬ったあの子のよう。……ねえ、聞いていらして?』
(誰……?)
『聞いているのね。わたくしの声を聴いたらすぐに答えなくてはだめですわよ? わたくしはあなたよりずっと高貴な存在なのですから』
(あなたは誰?)
『わたくしの名を聞きたい? 良いですわ、教えてあげる。わたくしはヴェスパ。処刑場に差す暁の光。血塗られた正義』
(せいぎ……せいぎ……!)
『そう、わたくしこそは遍く時空で最強の正義の刃』
(せいぎのやいば、ほしい!)
『うふふ、素直な子ね。では、契約しましょうか? 与えるのはこの身、この刃。対価はあなたが正義を為し続けること。それがどれだけ泥と血に塗れていても、ね。それと探し物も手伝ってちょうだい』
(けいやく……する……!)
契約の意思を示したとき、ガーネットの意識にあるイメージが流れ込んだ。
可憐な姫君が宝石を嵌めた美しくも武骨なまでに大きい白銀の刃で首を折られるように断たれる光景。
夥しい血が流れ、無残な切断面を晒し、花のような身体をただの肉に変える光景。
民衆が勝利を叫んでいる。喜びを歌っている。
どれだけ美しくとも、敗れた正義は悪で、勝った悪は正義なのだ。
気がつくと傍らに巨大な剣が突き立っていた。
気絶している間、夢のように見た剣。剥き出しの刀身は燻された銀の色で、嵌められた宝石は黒く濁っていた。
「誰かいるぞ!」
ふいに声が響く。木々の合間から兵士たちが現れた。敵である帝国軍のようだ。ガーネットを遠巻きに見ては、これが暗殺者かなどと騒いでいる。紗月が馬車を襲撃していたから、その犯人を現場を中心に探しに来たのだろうと推測した。
どうであれ、ガーネットと彼らは敵だ。抵抗しなければ彼らはガーネットを捕らえるだろう。
ガーネットは立って大剣を持ち上げた。
紗月に斬られ死にかけていた身体に力が戻っていた。剣は見た目のとおり凄まじく重いが、魔力で支えれば持てる。
ガーネットは大剣を敵の見ている前で横薙ぎに振った。
「「「アバ――!!」」」
誰も直接斬られなかった。だが敵の首が次々と折られるように切れ落ちていく。
断頭の刃。断罪の魔剣だった。
ガーネットの強い魔力がその力を呼び覚ます。大剣の魔術回路がガーネットの魔力を呵責なき刃に変換する。
これが、これこそが、正義の刃。
「アハ――アハハハハハハ――ッ」
雨は止んでいた。
雲は晴れ、濡れた世界に、黄昏の光が差し輝いていた。




