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紗月とガーネットと

なぜ黒い着物に紫紺の袴を着ているかというと、はっきりとした理由はない。なんとなく習慣のように思えたからだ。レインのではなく、紗月のでもない。紗月だった更に前の記憶か、あるいは村雨の記憶かもしれない。

元々人斬りなどまともな神経ではやっていられないので、ある程度奇抜な衣装をまとうことで非日常に意識を切り替えるという目的はあった。そうして人斬りないしは暗殺が身に染み付いてきたところで、その騎士とは会った。

妙に心惹かれる気持ちがある。無垢そうなのであまり殺したくはないが、如何なる力か執念か知らないが紗月を追ってきた。ならば、まあ、遊んでやるしかない。そう、これは遊び。殺し合いなんてつまらないことはしない。

紗月は一度村雨を鞘に納め、騎士に向かって立礼をした。そしてまた村雨を抜いて名乗った。


「朔流、新条道場師範代、紗月。そちらは?」

「……」


騎士は答えるかどうか迷っているようだった。


「人斬りに名乗る名前はない?」

「……どうして、暗殺なんてするんですか? あなたは……」

(あなたは、なに?)


騎士は結局何も言わず、剣と盾を構えた。


「ガーネット・アイリス・トリアー。王国とイキシア殿下の義しき剣として、卑しき暗殺者よ、おまえを討つ!」

「……上等。行くよ!」


紗月は地を蹴った。ガーネットが盾を構えるが、上がりきる前には紗月はその背後に回っていた。刀で盾を打つわけにはいかない。当然の選択だ。


「ヤァァァ!」


振り返りざまの一閃。その速さはガーネットの素早さを上回る。迎撃の追い付かない騎士は地を転がって首を断たれるのを避けた。

紗月は追撃せず、彼女が体勢を整えるのを待った。


「なんですか今の速さは……魔力を感じなかったのに」

「いわゆる縮地というやつだよ。一気に踏み込んで切る。魔術も使えば馬車を追いかけることもできる」

「それほどの技前を持ちながら……!」


今度はガーネットが切りかかってくる。中々に速く、鋭く、重い剣擊だ。剣の速さは紗月が上回るが、よく鍛えられた剣捌きと盾の使い方で、隙がない。正面からの打ち合いでガーネットを斬るのは難しそうだった。


「どうして、暗殺なんて卑劣な真似を!」

「卑劣? 人を斬ることに卑劣も立派もない。そうでしょ?」

「そうかもしれない! でも! 私たちは互いに正々堂々と命と正義を賭けあっています!」

「……人斬りに、正義なんて不要だよ」


紗月は一度引いた。だが今度はガーネットがすかさず肉薄してくる。こちらの立ち回りを防ぐようだった。よくわかっている。魔術で強化しているのか攻撃は鋭さを増すばかりで衰えるところをしらない。


「貴様は……! 何のために、人を斬っているんだ!?」

「人を斬るためだよ」


その答えにガーネットに一瞬の隙ができた。攻撃するほどの時間ではない。だがその刹那に――紗月はガーネットの認識から消える。


「……ァァァ!」


紗月が振るう村雨の一突きが、ガーネットの左籠手を防具ごと貫いた。さすがに瞬時に鋼鉄で守られた腕を断つことはできない。だが盾を持てなくなる程度の傷を負わせることはできた。


「どう? これでわかってもらえた? 私という刃を」

「刃……? 貴様は……人間ではないと言うのか?」

「ま、改めて聞かれるとイタイ感じもするね。でも、まともな人のようにするのはやめたんだ。そうじゃなきゃいま生きてないし、友達を守ることもできなかった。今もなおそういう状況ってわけでもないけど」

「貴様は……!」


そのとき、ガーネットの姿が揺らいだ、と思った時には剣が目の前に迫っていた。紗月は受け止めることしかできなかった。相手の方が武器が重く膂力もある。紗月は不利な体勢となった。


「耐えられなかったんだな。生きるのにも、殺すのにも」

「……そうだね」


それは事実だ。


「でも、ガーネットはどうなの? 耐えられているの? 人を殺すことに」

「私は正義のために」

「……ガーネットも耐えられてないんだね」

「ちが……ああああ!」


ガーネットが拒絶を見せたその瞬間、力が揺らぎ、紗月は抜け出した。まだ紗月の移動についてきていないその隙をついて、今度は脇腹を鎧ごと斬った。


「わたしは……わたしは……!」

「ガーネットは正義ってやつで正気を保っているふりをしているだけ。私と変わらない。私は刃となり、ガーネットは正義となった。それだけ」


狂うというのには及ばない、粗末な現実。どうせ長くは続かない。だったら何も考えずそのままであり続けた方が楽だ。


「そうだよね? だから、こんなくだらない話はもう終わりにして、そろそろ本気で行こうよ。ガーネットも好きだよね? 剣で斬りあうこと。私は人を斬る刃。ガーネットは正義を為す刃。刃は刃である瞬間が一番充実して楽しいんだよ」


紗月は村雨を鞘に納めた。

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