寵愛と協力と
ウィリアムの暗殺未遂から10日後、ガーネットは再び戦場に立っていた。
目の前には1個中隊、100名の兵士たち。大部分は歩兵だが騎兵と弓兵の小隊単位もいる。
「私はあなたたちと共に戦うために来た! あなたたちを使うためではない! だからどうか、私に力を貸してほしい! 王国に栄光あれ!」
ガーネットが兵士たちを鼓舞すると、喝采の声が響き渡った。
「良かったぞ、嬢ちゃん。これなら負ける気がしねえな」
演説を終えて兵たちをそれぞれの作業に戻すと、一人の騎士が馬を連れてやってきた。ガーネットと共に戦場に派遣された騎士、ホルンだった。
「それでも私は嬢ちゃんですか」
ガーネットは苦笑で答える。別に悪い気がしているわけではない。
「早く団長になれよ。そしたら団長になるからよ」
「あは、そのころにはきっと嬢ちゃんだなんて年でもないでしょうしね」
「いやさ、そうでもねえだろ。あと数年のうちには団長になるぜ。俺の槍をかけてやる」
「あはは……」
無茶を言われてやや居心地が悪くなってくるが、それでもガーネットはホルンが来たことを幸運だと思っていた。
ホルンは騎士団で団長、副団長にならぶ序列第三位、二番隊長だ。剣の腕は一流という程度だが、騎乗して槍で戦えば並ぶ者はなく、戦場での戦闘力は計り知れない。ガーネットは騎馬戦はそれほど得意ではないので、剣では優っても騎馬戦では叶う気がしない。
また彼はガーネット同様、あまり貴族らしくないと類の騎士だった。そのため、武勲では団長を凌ぐとも言われるが、立場は副団長の下である。だが戦場を好む彼にとっては十分偉くなりすぎだと、時折自分でも言っていることだった。
そのような騎士が自分と共に来てくれたことにガーネットは感謝した。またそう計らってくれたイキシアにも感謝した。
当初は団長か副団長が来るつもりだったらしい。ガーネットの教育を兼ねて、などの口実があったようだ。だがウィリアムが倒れている今、団長などが来たら従来どおりの騎士の戦い方しかできなくなる。そこでイキシアはまず、騎士団独自で動こうとしていたところに介入して、親しい者を傷つけられて怒る姫君を演じ、姫の意見として騎士を戦場に送るという流れを作った。そして派遣する騎士はウィリアムの命を守った騎士ガーネットと、もっとも武勇に優れる騎士ホルンにすること。団長と副団長はウィリアムを無傷で守れなかった責任を取り、騎士の力を強化しなければならないという流れにした。
そうなると今度はガーネットが命を賭して勝利を掴み殿下に捧げなければならないと団長が言ってきたが、ホルンは気負うなと言い、イキシアは死んで帰ってきたらアイリスの騎士の称を剥奪してやると脅してきた。そして姫は自分の騎士に魔力を回復する希少な霊薬を与えた。ウィリアムの救命のために枯渇したガーネットの魔力は全快までに一月かかると思われたのが、霊約のおかげで時を待たずに回復した。そこまでされては容易に死ねないと、ガーネットは生きて帰ることを心に誓った。
翌日、早朝より敵帝国軍野営地に対する電撃戦が開始された。
一番槍はホルン配下の騎兵小隊で、帝国軍の防衛線にまさしく霹靂の一撃を与えた。しかし戦場において騎士の突出はよくあることで、うまくあしらえば如何程でもないというのが定石だった。
帝国軍の冷静な迎撃を受けて後退を始める騎兵たち。そのまま騎兵を追って帝国軍は前進しはじめたが、その側面を魔術兵を含む大規模攻撃が襲った。騎兵を餌にした王国軍側の巧妙で、今まで取られるはずのなかった戦術だった。
帝国軍は矛先を変え、王国軍の一個中隊とぶつかり始める。帝国軍側は防衛線に近いため増援の到着も早く、やがて彼我の戦力差は4対1ほどとなった。
王国軍側の騎兵が姿を隠し、帝国軍側の騎兵に対する警戒が薄れた。そのときだった。数の差から手薄になっていた再度王国軍側の騎兵小隊が現れ突撃してきた。これには歩兵はもちろん帝国軍側の騎兵も手痛い一撃を食らうこととなった。
王国軍の戦術の変化を認めた帝国軍に警戒の色が広がり、次第に後退が始まった。なるほど、元々防衛線を敷いていたのだから後退して体勢を整えるのが確実な一手だ。だがそうして帝国軍が固く密集し始めたところに、新たなる中隊が押し寄せてきた。
徒歩の騎士ガーネットが率いる中隊は、大半が歩兵で素早くはなかったが攻撃は怒涛のようであった。疲弊し始めていた帝国軍はほどなくして押されはじめ、更に元からいた中隊との二正面の打撃を食らい壊滅状態となった。
猛然と攻撃を開始したガーネットの中隊は、防衛線の外に出ていた帝国軍を蹴散らして敵陣地に押し寄せた。血で血を洗う激しい戦闘を覆う空から雨が降り始めたのは、そのときであった。
ざわざわと木々が鳴き始める。
ぞうぞうと風が歌い始う。
雨。熱い血を凍らす冷たい雨。
死体に群がり、死を貪る雨。




