帰還と決意と
第三王位継承者のウィリアムが暗殺されかかったことは国中を揺るがした。一命は取り留めたが、意識が戻らず予断を許さぬ状況となった。現在は王城の魔術医たちによる集中治療を受けている。
護衛の責任者であるベニ―騎士団長はウィリアムの状態について正確に把握してないようだったが、ウィリアムが負った負傷は致死的であり、応急処置が見事に為されていたというのもある情報筋では広がっていた。治療を行ったのはガーネットということはベニ―も言っていた。彼はガーネットの治療が不十分でウィリアムの昏睡を招いたとも言ったようだが、イキシアがウィリアムを見舞うに合わせて自分で魔術医たちに聞いたところでも、魔術医たちはガーネットの治療を非常に評価しているようだった。イキシアも彼女にそのような能力まであったことは知らなかったが、鼻が高かった。
しかし一方で本当の兄のように慕っていたウィリアムが深く傷つけられたことには、イキシアも強く悲しんだ。やはり戦争を止めなければならない。ガーネットが戻って2日後、事情聴取が一段落するだろうときを見計らってイキシアはガーネットを呼び出した。
「戻って大変な最中に呼び出してごめんなさいね」
「いえ、私は姫殿下に任命された……」姫殿下という呼び方を視線で咎めるとガーネットはあの、えっと、と言って言い直した「姫に任命された騎士でありお呼びとあらばよろこんで馳せ参じます」
「時間がないと思うから単刀直入に言いますわ。ガーネット、私は戦争終結のために動きます。そのために力を貸してください」
「そうですか。姫……ですが」
そこでガーネットがためらった様子を見せるとはイキシアは思わなかった。動揺して問い詰めたくなったが、彼女を権力で支配するようなことは常々嫌だと思っているイキシアは、理性を振り絞ってその衝動を押さえ穏やかに問いかけた。
「なにかありましたか、ガーネット?」
「はい。できればそのお話、少し猶予をいただけないでしょうか? 私としても、姫のお望みになったようなことを実現したいと思います。ですが、今はそれよりも……」
ガーネットは言葉を切ってイキシアの目を見てきた。あまり目下のものが目上、しかも王族のような高貴な者の目を見ることはない。それだけ本気なのだと、彼女の燃えるような赤い瞳を見てイキシアは思った。
「私はウィリアム殿下を襲った暗殺者を見ました。あれを見るのは二回目です。私は、あれを討たなければなりません」
「ガーネット……!」
彼女の本気は伝わってきた。だがイキシアにも譲れない強い思いが沸き上がった。
「だめですわ! いやですわ……お兄様も深く傷ついて、あなただってお兄様を救うために倒れたと聞きましたわ。それなのに……どうして尚も傷つこうとするのです!? 彼の暗殺者も戦場にしかいないのでしょう? だったら戦場を無くせば……」
「姫。シア様……でも私は戦うばかりではなく、復讐するばかりではなく、ウィリアム殿下の思いを継ぐためにも戦場に行きたいのです」
「お兄様が、あなたに戦えと仰ったのですか?」
「殿下は仰いました。騎士と軍の垣根を無くすと。これはまだ内密のことではありますが。殿下の目的は力のためかもしれませんが、私はそれが姫の目的にもなると思いました」
イキシアは驚いた。ガーネットの目には直情的なだけではない、理知の光があった。その目にイキシアも理性を取り戻し、冷静なる王位継承者としての振る舞いを思い出した。
「どういうことですか?」
「はい。現状のままでは戦いを収めようとしても、騎士団と軍の両方を鎮めなければなりません。しかし、騎士団と軍が一体になれば、その制御はいくらか容易くなるでしょう」
「……そうですわね。でも、皆それを素直に受け入れるでしょうか?」
「軍はともかく、騎士団は難しいでしょう。この話を聞いたのは私と騎士団長だけですが、団長は拒絶反応を見せていました。ウィリアム殿下が御療養の間はきっとこの話は進みません」
「だとしたら、あなたが戦場に行ったとしても」
「はい、きっと今までどおり、軍の隊を一つ占有して指揮するだけでしょう。だから姫、お嫌だとは存じ上げますがどうか私に力をお与えください。私が私として戦うための力を」
話を聞いて、イキシアのまだ優しい姫様な部分がそれを拒絶していた。親しい者を傷つけられ悲しむヒロインのように振る舞いたかった。だが、彼女は誇り高くもあった。彼女は自らの剣たる騎士に告げたのだ。平和をもたらすと。それは、ただ泣き歌うことでは果たされない誓いだ。彼女は頷いた。
「ガーネット、あなたは私の騎士。私のアイリスの剣、それをどう振るうかは、私が決めることですわ」
姫が手を差し出す。騎士は立って口づけをする。
なぜなら剣は座らない。剣はいつでも抜き放たれることを待っているから。




