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死神と賭けと

それはまさしく風のようだった。

馬が負傷し揺れる馬車。ウィリアムは声を殺して馬車の中の寝台にしがみついた。声を抑えたのは外にいる者たちにこれ以上の動揺を与えないためだ。情けないとは思うが、能力以上のことを一気に相手に求めても相手の能力を殺すだけだ。寛容さが必要だ。

馬車の揺れが収まったときには、馬車のドアが開いていた。外に騎士が立っているはずだが、閉めてくれない。ウィリアムと共に馬車の中にいた騎士にドアを閉めさせに行ったところで、彼の首が宙を舞った。それを無邪気に目で追った一瞬のうちに、ウィリアムの喉に刃が突き立っていた。


「……ッ!?」


ごぼごぼと喉が鳴っただけで声は出なかった。自らの血に溺れていた。死が唐突に自分の傍に立ったことが分かった。


「ウィリアム・ジョージィ・ヘッシュレイアだよね」


死の声は囁くようだったが、運命のようにはっきりと聴こえた。


「なぜ、こんな、ことを……」

「王子様を殺してほしいと言った人間がいるから。私は金で振るわれる刃なの」


死は少女のようだった。ガーネットよりも若いだろうか? おぼろげな視界には、祭司たちが着るような長い裾の、黒い衣装が見えた。やや思っていたのと違うが、死神のようであった。

ウィリアムの代わりに説明するなら、その衣装とは黒い小袖と紫紺の袴で、村雨と称された刀を持つ少女が仕事着として使うようになったものだった。


「てき……ていこくの、もの、か」

「いいや? 少なくともレインはウィリアム王子殿下が最終指揮をする軍の一兵卒だったし、今も王国に住んでいるよ」

「ばか、な……わたしをころせば、おうこくが、どうなるか」

「まあ、確かにやりすぎかなと思うよ。元から、レインは王子様のことを嫌いではなかったし、私も王子様を殺せば色々なことが大きく動いてしまうと思う。とはいえ仕事は受けちゃったからね」


言いながら、彼女はウィリアムの腹に刃を突き立てた。


「グワァァ……ッ」


切り裂かれる内臓。ウィリアムはまだ自分が痛みに叫ぶ力を持っていたことに驚いた。


「賭けをしよう。王子様が死ななければ、また王子様はこの国を動かせる。死ねばそれだけ。じゃあね」


それだけ言って、彼女は馬車を飛び出して行った。ウィリアムの意識は窒息と、貧血と、激痛の中に途絶えた。




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馬車の中から叫び声が聞こえた。


「殿下!?」


ガーネットは反射的に馬車の入り口の側に回る。そこに立っていた騎士フリード、のものと思われる首のない死体が倒れていた。ばたん、と馬車のドアが開き中から何者かが飛び出してきた。


「貴様ぁぁぁぁぁ!」

「……」


それはガーネットを一瞥して逃走した。どう、と風が吹いたときには姿が見えなかった。

咄嗟に追おうとしたが、敵を殺すよりも命を守らなければならない。馬車に飛び込むとウィリアムが蹲るようにして倒れていた。そばには首が切り離された騎士の死体もあるが、明らかに死んでいるのは放置するしかない。


「殿下! 殿下しっかり!」


血の流れる喉元から気泡が出てごぼごぼと言っている。脈も微弱。だが心肺がまだ動こうとしているのだろうか? いずれにしろ、できる限りのことはする!

ウィリアムの身体を仰向けにして、治療魔術を全力で叩きこんで、まず喉元の傷をふさぐ。延髄などは直接傷つけられていないようだ。首の血管の破れを修復すると気管などへの血液の流入は止まる。続いて溢れた血を肺や血管の外から身体の外に追い出し、気管と皮膚を修復した。

だがそのときには呼吸が止まっていた。心臓も痙攣してまともに動いていない。腹部に裂傷があるがそれは後回しで、まず心肺を復活させなければ、仮に蘇生しても脳に障害が残る。

なぜそんなことを考えられるのかわからない。だが騎士としての教育では、この状況ではもはや相手を看取るだけなので、ガーネットはそれに抗うだけだった。

絶対的に血が足りてない。そう判断して今度は増血の魔術を全力で行使する。それと同時に胸を強く押す。もし紗月がこの場にいたのなら、それは心臓マッサージだと言うだろう。平時の心拍数よりもやや早い、今のガーネットの心拍数と同じぐらいの速さで胸が軽く沈むぐらいの圧迫を繰り返す。そうして心臓が再起動するまで血と鼓動を送り込むのだ。人工呼吸は、魔術により血の還元を行っているため必要ない。

果たして、しばらくもするとウィリアムの心臓が動き出し、呼吸も戻った。そこではじめて腹部の傷をふさいだ。そこまでするとガーネットの中の魔力が尽き、立とうとしても立てずに彼女は座り込んだ。ウィリアムの傍にいた騎士の首が座ったそばに落ちていて、ガーネットは気分が悪くなった。


「殿下! ガーネット、殿下は!?」

「殿下なら、なんとか……」


騎士団長がどかどかと馬車に乗り込んでくる。ガーネットは蹴り飛ばされそうになって身をすくめた。首のなくなった騎士の死体をまたいで彼はウィリアムの傍に行った。


「血まみれだが……生きていらっしゃる。何が起きたんだ?」

「暗殺者が来て殿下を傷つけたのです。傷は私が塞ぎました」

「貴様が? まあ治療魔術も使えたか……」


この調子では少し前のウィリアムの緊急さはわかってないだろうなと思った。事実、次に彼はこんなことを言いだすのだ。


「それで敵は!?」

「逃げました」

「なぜ追わなかった!」

「殿下のお命を優先したからです」

「他の騎士たちは何をしていたんだ!」

(それを言うなら騎士団長もでしょう)


それからまだベニ―が何かをわめいていたが、ガーネットはもう意識を保てなかった。殴られたらいやだなあと思いつつ、気絶するように眠りについた。

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