騎士団と未知の脅威と
「ガーネット、貴様しっかり前を見ていろよ」
ベニーは苛立ちを隠さずに言った。自分はそういう人間だっただろうか? 部下からは私生活の相談を受けるほどの頼り甲斐のある人間だと自分でも思っていたが……今は未知の脅威に気が立っているだけだと自己判断した。
ベニーは馬車の入り口に立っている。馬車の側面に立たせたガーネットは顔を見せず、は、と答えた。雨の中でもしっかり通る声だった。普段はそれが好ましく思っていたが、今はそれにも苛立ちを覚えた。落ち着け、自分は警戒しているだけだ。
ガーネット・トリアーはベニ―の目からも抜きんでた騎士であることは明らかだった。体力は男性並みにあり、剣術にも冴えがあり、魔力量は魔術師に匹敵するほど多くそれを近接戦闘に活かす才能があった。従士の教育を終え任命前の試験を受ける時点で、すでに現職の騎士のほとんどを凌駕する力量を持っていた。ベニ―は彼女との試合に勝利したが、それは経験による勝利だった。後数年もすれば自分は衰え、彼女は力を増し逆転される。そうなれば、歴代で三人目となる女性騎士団長となるだろう。ベニ―はそれを認めていた。彼女が姫殿下の寵愛も受けていて、団長と期されることもそのおかげだと考える者たちがいたが、ベニ―はガーネットが団長にふさわしい実力を持つと確信していた。
だが問題は、彼女が貴族らしくないことだ。彼女は騎士として能力に申し分ない。だが貴族の矜持はもたず、平民や兵と対等に話そうとする。それは違うとベニ―は思い、時には直接そのことを彼女に言っていた。平民は騎士が守る対象であって会話の相手ではない。軍は騎士が行使できる力の一つであり、軍人が騎士に意見することも慎むべきだ。なぜか? 騎士は貴族だからだ。
それもおいおい変わるだろうとベニ―は考えていた。自分が退くまでは時間はある。ガーネットもすぐには団長にはなれないだろう。ベニ―は寛大でいることにした。だが昨日、ウィリアムはガーネットの今の考えが正しく、ベニ―は間違っていると告げた。ベニ―は、反論することはできなかったがそれを認めることもできなかった。
この夜を過ぎればどうすべきか。ウィリアムがガーネットを軍に送ることは止められないだろう。ならばそれはそれで見過ごしつつ、別の高位の貴族や王族の耳に入れればいいのだ。可能なら、王の耳にも。ウィリアムは軍と騎士団への指図を任されているが、彼が絶対的な権力を持っているわけではないのだ。
降りしきる雨の中で鎧の中まで濡らしつつそこまで考えたところで、断末魔のような馬の嘶きが彼の思考を踏みにじった。
「なにごとだ!」
馬車の入り口を、自分とツーマンセルで立ってた騎士フリードに任せて、ベニ―は馬がいる馬車の前面に向かう。
右前肢の付け根、頸部に投げナイフが刺さった馬が喘ぎ暴れていた。共に馬車を引くもう一頭の馬は無事だったがパニックして暴れていた。馬車が倒れそうになっていた。
「馬車が! 殿下が! 何をしている! 早く馬を黙らせろ!」
「む、無理ですよぉ! 我々は馬ほどの力は持っていません!」
「誰が馬を押さえつけろと言った!? 殺すか、馬車から切り離すんだ! ええい、私がやる!」
ベニ―は自慢のブロードソードを一閃し、馬の首を切り落とした。大量の血飛沫に溺れそうになりながら、馬と馬車をつなぐ綱を切り放し、馬車の揺れを軽減した。
「そっちの馬もだ、馬車から切り離せ!」
騎士が馬の綱を切ると、馬は走り出した。反射的に別の騎士が馬の手綱を握り、引きずられていった。
「ウァァァ……」
「馬鹿どもが! 貴様! 馬の前に立ちながらどこを見ていた!? この……ッ!」
「アバー!」
ベニ―は苛立ちのあまり馬車の前面に立っていた騎士を殴り飛ばした。泥にまみれたその騎士の襟首を持ち上げ立たせる。
「貴様言ってみろ!」
「アメ、アメメメ」
「あ!?」
「雨、ノ、死神……!」
「なんだと!?」
「驟雨の死神だ……」それはガーネットと反対の馬車の側面に立っている騎士の声だった。
「馬鹿者! お前たちは自分の方向を見ていろ! ガーネットとホームズ! お前たちもだ!」
「は!」
驟雨の死神。グリム・レイン。要塞の兵たちが囁いていたことだ。平民どもが馬鹿を言っていやがると思っていたが……今、自分の心に忍び寄る何かにベニ―は気付き、必死にそれを否定しようとした。
そうして彼もまた自分の感情に飲み込まれた時、事態は動いてた。歴史的とも言える瞬間は発生し、過ぎていた。
「殿下!? 貴様ぁぁぁぁ!」
その瞬間を観測したのはやはり素質のある者、ガーネットであった。




