闇と再会と
ざく、と少女の捨てた剣が土に突き刺さり、炎に照り輝いた。
「アギャアアアア――!」
男が絶叫する。手を、腕を押さえようとするが、砕かれたそれはもう男の思うままには動かない。男にできるのは肘を地面に押し付け、叫ぶことだけだった。
少女はその絶叫に戦慄する。聞き苦しいというように眉を顰める。
(もう、嫌。逃げたい……!)
叫ぶ男を脇に、次の獲物を見定めるような冷たい少女の視線に、敵兵たちの間に戦きが走る。彼女の心理の動きを知らずに。いや、彼女ですら自分の心理を理解できていない。
だが、徐々にその混乱が晴れていくのを感じる。なぜなら――どんなに恐ろしく、悍ましく思っても、死にたくはなかった。敵を、許すことはできなかった。仲間を、家族を、殺めたことも、自分の命を奪うことも。だから、戦うことを決めた。今。いや、少し前。いや、もっと前に。
怯え死を覚悟したあの瞬間から、決意の時へと心が動き始めていた。身体はもう動いた。男の腕を砕いた技。無刀取り。刀を持つ相手の手をつかみ破壊する、刀を用いず戦う剣術の奥義。平和な日々では使うはずのなかった禁じ手。
(平和?)
少女は邂逅する。のどかな村の風。友達と遊び歩いた街の喧騒。――未だ、記憶は混乱している。だが、目の前の光景は定まってきた。ここは戦場で――私は、生きる。
「――逃げた!」
「このガキ、逃がすか!」
少女は藪の中に身を投じる。暗闇。肌を刺す草木。獣のように走る。そして――。
「……ウガァ!」
追いついてきた敵を、木陰から襲う。手にした枝を、後頭部に突き立てる。延髄を破壊され敵は――息絶えた。
「そこか!」
「アアァァ!」
「てめえ!」
「アバー!」
少女は闇と木々の間に舞う。刺し、折り、切り裂く。それは剣術などではなく、獰猛で狡猾な獣の技。なぜそんなことができるのか、少女もわからない。彼女にこの瞬間、わかっていることなど一つもなかった。混濁した記憶の中で、ただ敵を屠るということに意識は研ぎ澄まされていた。
「――くそがぁぁぁ!」
「ア――ッ」
しかしそんな獣の真似事では、人間の群れを殺し切ることなどできない。やみくものようであったが、振るわれた剣が少女の腕を切り裂いた。同時に、状況を立て直そうとする理性を持った者たちがカンテラを掲げ闇を照らし始めた。
「このガキィィィ!」
「――ッ!」
強かに殴られ、少女の身体が飛ぶ。木に叩きつけられ、意識が朦朧としてきた。
「ただじゃ死なせねえ――焼いてやる。ああ、俺はそういうのが好きなんだよぉ」
松明を掲げた男が寄ってくる。焔。また、焔。(やっぱり私は――ここまで?)
『二度も同じ様で死なせはせぬよ』
不意に、声が聴こえた。記憶の混乱に続き、今度は幻聴かと思った。
『やれやれ、妾を覚えておらぬか。薄情じゃのう妾の主は』
覚えている? (知らないよ……)(ううん……もしかして)
その時、
ざわざわと木々が鳴き始めた。
ぞうぞうと風が歌い始めた。
雨。冷たい雨。群がる雨。
激しくはないが、近づけられた松明すら消える重みをもった雨が降り始めた。
「嘘。そんなに強い雨は降らせなかった」
『あのときはすまなんだ。永の眠りに平和な日々に、腑抜けておった。……だが、今は違うぞ?』
だから、呼べとそれは言う。妾を振るえと。
それは恐ろしかった。入り混じった記憶の中でも、その恐れだけは鮮明だった。でも、ああ、私はあの時に選択していた。善良な高校生ではなく、恐ろしい殺人者になると。
だから、今も選ぼう。あのとき同じように、軛から解き放たれた人斬りとなることを。
「……来なさい。村雨」