王子と未来の妃と
率直に言えばガーネットはウィリアムが好きではなかった。
第三王位継承者である王族に対して好きも嫌いもないのだが、イキシアと比べれば、というよりも比べるべくもないという気持ちはあるし、ましてや妃にならないかと言われれば尚更考えざるをえなかった。
「……は?」
王族用の豪奢な馬車で人払いされ、王室入りの打診をされたとき、ガーネットは自分の耳を疑った。
「申し訳ございません、殿下。はじめての戦場で小心にも緊張してしまい、殿下の玉言を不遜にも聞き逃してしまったようです」
「いや、王国100万人の半分は女性だが、こうして私から将来の話をされる女性はそのうち一人か二人のことだ。君がその極めて限られた数に入ったことを疑いたくなる気持ちはわからなくもない」
とりあえず王族としての自覚がちゃんとあるのは悪くないと思う。彼は自分が何者であるか、何をすべきかきちんと理解しそのためにずっと行動してきた人間だ。彼のような人材が王家にいることは、きっと明るい未来をもたらすだろうと思ってきたが。
「我らが姫からアイリスの称を与えられた第一の騎士、ガーネット・トリアー。君を将来私の妃に迎えたいと思っている」
ああ、聞き間違えではなかった。ガーネットは頭が痛くなってきた。
「妃などと、そのような、お戯れを。私は剣しか知らぬ騎士です。あなたの隣を飾る花どころか、一夜の慰めにも足りないでしょう」
「君を慰め者にするつもりなどないよ。君のいうとおり、君は花ではなく剣だ。私が愛する花は、君の知ってのとおりもう決まっている。だが、私は剣も愛する男なんだよ」
言葉は美しいようだが、この男は私を口説く気があるのだろうかと思い、ガーネットは恐れ多くもウィリアムの顔を直視してしまう。
まだ少女と呼ばれる年頃のガーネットやイキシアに対し、ウィリアムは6歳年上で青年としての精悍さを誇っている。青い海のような瞳が特に称えられ、蒼玉とも喩えられる。そして彼の特徴はその美貌だけではなく、聡明さにもある。博覧強記で思考力もある。人格者でもあり、従妹のイキシアも兄様と慕っている。婚約は未だに明言されていないが、彼と彼女が他の相手と婚姻するだろうとは誰も考えていなかった。ガーネットも折に触れてはイキシアからウィリアムの話を聞いている。だが、彼女自身はウィリアムをどうとも思っていなかったし、この期に及んでは推して知るべしである。
ウィリアムもイキシアを妻にと考えているようである。だが、そうなら大きな問題がある。
「……お言葉は、その、わかりましたが」つい言葉の綾で嬉しいと言いかけたが、思いとどまった「王族の方でも法律の壁はありますよ」
「もちろん法は知っているが例外はあるだろう。……はっきり言おう。私は王になるつもりだ」
「……姫殿下から王位継承権をお譲りもらうということですか?」
王国は一夫一妻の国だ。だが王にだけ限って、世継ぎや生活の補佐を理由に、妃を二人まで持つことができる。第一の妃を正妃とするが、第二の妃も妾ではなく同格の王妃として軽んじられることはない。非常に重要な立場だ。
また、王位継承権は男女の区別なく決まるが、婚姻関係にある場合は王位継承権の順位を逆転させることができる。
ウィリアムはそれらを利用し、イキシアと婚姻した後、王になった暁にはガーネットをもう一人の王妃として迎えると言っているのだ。
「そうだ。イキシアは優しすぎる。その優しさは万人に愛されるところだが、万人を導くものではない。それは彼女も自覚していることだ」
「そういう話を……」
そこでガーネットは詮索が過ぎると口をつぐんだが、彼はあっさりとその続きを引き取った。
「したよ。はっきりとではないけど、一年前かな、来年になれば婚約者も決めなければならないねと少し話しつつほのめかしたら、彼女は否定しなかったよ」
曖昧すぎるようだが、イキシアも愚鈍ではない。その場の言葉がどういう意味を持つか考えて話したのだろう。
だが、そのときは、とガーネットは思う。出掛けの時の会話が本気なら、イキシアはその曖昧な約束を反故にするだろう。
さっそくだがガーネットはイキシアの盾として悩むこととなった。ここで迂闊なことを言えば、ウィリアムは搦め手でイキシアの決意を手折るかもしれない。ガーネットもイキシアの決意が無謀だとは思うが、彼に譲るつもりも毛頭なかった。
「まあ、今すぐにどうという話ではないよ。イキシアとも話さないといけないしね。でも彼女も君が同じ立場になってくれるなら喜ぶと思うよ。私も妃どおしが仲良くしてくれれば嬉しい。それが君を選んだ一つの理由であり、だが最も大事な理由は、君自身の武だ。妃になっても騎士をやめることはないし、むしろ強い妃として国を育ててほしいと切に思っている。よく考えてくれ」
それで話は終わりだった。騎士の先輩たちのところに戻ると、ウィリアムに呼ばれて何の話だったのかと伺われたが、もちろん言えるわけがなかった。とんでもない話を抱えてさせられたものだと、イキシアの話を聞いた時とは真逆の思いに彼女は沈んだ。




