騎士と姫と
闘技場に、何十人もの騎士たちが整然と並ぶ。
華美ではないが洗練された造りの聖火台を前に、一人の騎士が姫に傅いていた。騎士は少女で、姫もまた少女と同じぐらいの年頃だった。
「ガーネット・トリアー。あなたは何故剣を取り騎士となるのですか?」
「はい姫殿下。私は王国の民を守り敵を切り裂くために剣を取り、その先陣を駆けるために騎士となります」
「ガーネット・トリアー。あなたはそれを何に誓いますか?」
「はい姫殿下。私は誇らしき王家と豊かなこの国の大地と、それらと共に生きてきたトリアーの家名と剣に誓います」
「よろしい。ではあなたが誓いを立てた血を継ぐ私が、トリアーの剣をあなたの誓いであることを認めましょう。ガーネット・トリアー。あなたをこの王国の騎士に任じ、アイリスの称を授けましょう」
姫が剣に口づけをし、その剣の鞘で少女の首筋を突いてから彼女に渡す。騎士となった少女がそれをうやうやしく受け取ったとき、闘技場を万雷の拍手が満たした。
それから3ヶ月ほど過ぎた。ガーネットは見習いの騎士として王都の外で街道警備や門番、山賊の追跡と捕縛などの実地活動を伴う導入訓練を経て、晴れて一人前の騎士として王城に戻ってきていた。
「ガーネット、お待たせしてごめんなさい」
次の任務の打ち合わせが終わり、そのまま待機するようにと言われた応接間に王国の姫、イキシア・ジュリアシィ・ヘッシュレイヤが現れた。ガーネットを騎士に任命した姫だ。
「いえ、殿下のご希望とあればこのガーネット、待機も至福にございます」
ガーネットは騎士らしくイキシアの前に傅いて敬意を示す。だが、姫はなぜか不満を露わに唇を曲げ、騎士の腕をつかんで強引に立たせた。
「もう! そういうのは二人きりの時はやめてっていつも言ってるでしょう!?」
「ですが殿下、私も騎士に任じられまして早三か月……」
「くどいわガーネット! ガーネット・アイリス・トリアー! 次にそんな頭の固いことを言ったら騎士の身分を剥奪してしまいますわ! 私の授けたアイリスの称が惜しければ、ソファーにお座りなさい!」
「は、はい」
言われるがままソファーに座るガーネット。その横にイキシアも座る。
イキシアは現王と正妃の第一子であり、王国の法として王位継承権は男女に関わらず親等の近いものから選ぶため、第一王位継承者だ。未来の女王が臣下の隣に座るなどありえない光景だが、彼女はいつまで経ってもガーネットに対してはそのような振る舞いをやめようとしなかった。さすがに人前では控えているが、それでも同室に二人きりでいることすら格別の待遇だ。
「シア様、何かあったのですか?」
「あら珍しい、あなたがそんな気遣いを見せてくださるなんて」
「意地悪を言わないでください、姫。幼い頃から私は姫の剣であり盾であると誓っています。盾である私がどうして持ち主のことを気遣うことがないでしょうか」
「……ふん。気障なんだからぁ……」
言葉は批判的だが、まんざらでもない様子でイキシアはガーネットの手を取る。宝ものを愛でるように、少し固くなった少女騎士の手を指でなぞった。
自分の手を見つめる姫君の長いまつげを見ながら、ガーネットはイキシアとの幼き頃からのつながりを振り返る。
ガーネットの生家、トリアー家は騎士として名高いが貴族としての位は決して高くなく、本来なら王族と接触する機会も稀だ。だがまだガーネットが幼いころに訓練している姿を見て一目惚れしたという彼女は、学び舎では必ずガーネットを近くに置き、社交場にも幾度となくエスコートさせた。反対する声は小さくなかったが、幸いにもガーネットの実力は本物であり姫の期待にそう人材だと認められる場面もまた多かった。
イキシアのことは姫、もしくはシアと呼ぶように命じられている。従わないと怒られる。姫はともかく愛称など彼女の両親である王と王妃ぐらいしか許されないだろうが、とにかくそう呼ばないと怒られるので従っている。
「ガーネットを騎士にすれば、すぐに私の近衛にできると思ったのに……」
拗ねたように、いやそれよりも暗い声で、イキシアは言う。その声音をガーネットは無視できなかった。
「もしかして、私がウィリアム殿下のお供をすることを心配してくださってますか?」
「もちろんですわ! お兄様もガーネットも、どうして戦争になって行ってしまうのかしら」
イキシアが来る前にこの部屋で話していたのはそのことだった。長引く戦争で疲弊する前線を鼓舞するため、イキシアの従兄で第三王位継承者のウィリアムが戦場を慰問することになり、直属の護衛にガーネットが選ばれたのでその打ちあわせをしていたのだ。
「大丈夫ですよ、姫。ウィリアム殿下が戦場に行けばきっと兵士たちが力を何倍も出して敵を蹴散らすでしょうし、私も殿下を必ずお守りしますから」
「そういうことでは……」
イキシアは何かを言いかけ、言葉を飲み込んだ。何か深い葛藤があるようだったが、ガーネットにとっては計り知れないばかりであった。
「……だからね、私は決めましたわ」
しばしの沈黙ののちに、姫は決意したように立ち上がった。第一王位継承者であるのにいつも甘さと幼さが抜けない彼女にしては珍しい態度だと、ガーネットは内心で思い、そして彼女の言葉にさらに驚いた。
「私、この戦争を止めて見せますわ」
「え、姫!?」
「みんな口を開けば王家と王国の威信がどうたらこうたら。そのようなものはもう沢山ですわ! もう民も王家も傷つきすぎました。私たちは勝手に作った敵を憎むより、人を愛すべきですわ!」
凛とした表情。まだまだ蕾だと思っていた柔らかいものが、気が付けば咲いて美しさで世界を支配する耀であった。
「ガーネット、あなたが戦うのなら、それは私のこの理想のためですわ。だから、きっと戻ってきなさい、私の騎士よ」
「……はい、私の至高の姫、この身はそのための剣です」
ガーネットの答えに満足そうに笑うイキシアは、その嫋やかな手を彼女に差し伸べた。ガーネットは跪かず、立ったまま腰を曲げてイキシアの手を取りキスをした。それは騎士の礼儀ではなかったが、二人が昔から大切にした二人だけの流儀だった。




