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娼婦と旦那様と

ニムは王国の首都、ヘッシュレイヤの孤児院の出身だ。親は知らない。父親が戦争で死んで母親が寄付金と共に孤児院に置いていったと聞いている。

孤児院というのは得てして貧しく、国からの助成金以外にも物乞いをしたり子供を働かせたりしなければならなかった。ニムは肉体的に早熟であったため、早目に一人立ちして、州都フラタニアに出稼ぎに出ることにした。当時はフラタニアの方面で開戦の兆しがあり、街が発展していたから良い働き口があると思ったのだ。

だが現実はそう甘くなかった。特筆する才覚を持たないニムが自分の生活を維持しつつ孤児院に仕送りをするためには、身体を売るしかなかった。とはいえ彼女は人に奉仕することも好きだったので、それなりに悪くない仕事だとも思っていた。ただ、先は長くないだろうなと覚悟していた。

あるとき現れたサツキに心を奪われた。きっと、自分のように彼女に夢中になる人間は多いだろうと思う。女としての魅力には欠けるが、人懐っこく、それでいて不器用に他人との距離を取ろうとする。凛として揺るぎないようで、今にも心が壊れてしまうような儚さを持つ。ニムは男たちとの一刻の愛を交わすときですら彼女のことを考えるようになった。これが恋なのかと思った。それに気付いたときには嬉しくて嬉しくて、表の店にまで行って仕送りするはずだった金を使ってリボンを買ってしまった。自分もおめかしがしたくてバレッタを買った。

だが娼婦の恋など叶わない。それも、彼女の恋の終わりは考えうる限り最悪の幕引きだった。

破壊することが愛なのだと嘯き、すべての娼婦たちから恐れられている貴族の男に目をつけられた。ニムも当然恐怖したが、為す術はなかった。縛られ、連れていかれ、殴られ、朦朧とした状態で拘束されてから言われた。私を長く楽しませればその分だけおまえの家族、おまえの孤児院に送る金は増やしてやろうと。

ニムは運命を受け入れた。考えれば、恋をし、それを胸に抱いたまま死んで、その死は金になるのだ。ただ衰え死ぬという可能性に比べればとても良い。さっそく全身を鞭で打たれ、足の指を一本つぶされたが、ニムは幸福ですらあった。

だが彼女の幕引きはそれではなかった。二日目、前歯を折られ抜かれたその日に、ニムが恋した乙女は現れた。天使ではなく悪魔のように。救世主ではなく死神のように。サツキはニムの命を買った男の首を刈り、別の剣士と壮絶な戦いを繰り広げたのちに彼を屠った。その剣術は舞のように美しく、彼女自身が刃のように芸術的だった。ニムは呼吸も身体の痛みも忘れ刃の舞に見惚れ、サツキと目があったとき、視線に貫かれたような胸の痛みを覚えて意識を失った。



「――ニム! ああ良かった。ようやく目を開けたね寝坊助が」


気が付くと、ニムはベッドの上にいた。古い布のにおいに薄暗い部屋。死後の世界にしては待遇が良くないなとぼんやりと考えた。

ゾーイさーん、姐さーん、ニムが目を覚ましたよー、と、枕元にいた誰かが部屋の入り口まで行って外に叫んでいる。うるさい営業中だぞと答える声。だが間もなく声の主、ゾーイが現れた。


「やれやれ起きたかい。身体はどうだい。熱っぽいとかあるかい」

「……のどが、かわいてる、かも、です」

「ああ、そう思って白湯を持ってきたよ。飲みな」


身体を抱き起こされ、口元に湯呑を運ばれる。熱くも冷たくもない水が喉を流れていく。ゾーイさんはやっぱり優しいなあと思った。


「ありがとう、ゾーイさん」

「……ふん。あたしは仕事をしているだけだよ」

「しごと?」

彼女は看護の仕事も受けていたのだろうか?

だが気になることなら他にあった。


「ねえ、サツキちゃんは……?」





それから仕事仲間に代わる代わる看病され、ニムがベッドの上で起き続けたり、一人で用を足しに行けるようになるまで三日が経った。三日も、と思ったが仲間たちには頑丈だと言われた。

サツキは姿を見せなかった。彼女のことを仲間たちに聞くと、知らないと答えられた。いなくなったわけではないと。ゾーイに聞くと、今は身体を治せと言われた。

更に三日が過ぎ歩き回れるようになるとニムは早速宿を出てサツキを探しに行こうと思った。宿の中、廊下に座り込んでサツキを待ったりしたが彼女は姿を見せなかった。彼女のにおいはするような気がするが。だから外に行こうとしたところでゾーイに捕まった。


「あほかいあんた! そんな身体で女が出歩いたらまた攫われるよ!」

「え、いや……あ、お仕事いかなきゃって思って」


ゾーイは溜息を吐いた。呆れるあまり、肺の中身をすべて吐き出すかのような深い溜息だった。ニムは少しだけ傷ついた。


「あんたはもう娼婦じゃないよ」

「え……あ、まあ身体はまだボロボロだけど」

「そうじゃなくて、あの貴族があんたを買ったんだ。もうあんたは店の娼婦じゃない。まあまた自分を売って店に入るなら別だろうけどね」


だがゾーイもそれなりの年だ。買う店はないだろう。そうなるとあとは辻立ちでもするしかない。店と違い辻立ちは最低限の保護もないし値段も低くみられがちだ。収入は激減。仕送りも厳しくなるだろう。


「うわー、どうしよーゾーイさん」


ニムは慌ててゾーイにすがった。だが彼女は同情した様子もなくニムを振り払う。こんな冷たい人だったか、思いかけたとき、彼女は衝撃の事実を口にした。


「そろそろ頃合いだと思うから、よく聞きな。少なくともここにいる間、あんたの衣食住、その費用は誰かさんが支払うことになってる。だから食い扶持の心配はないし、あんたはここにいながら別の仕事もできる。誰かさんは期間は無限だとわざわざ行っていったからね」

「え?」


話が突飛でニムの乏しい知性では理解できなかった。


「つまり?」

「そうさね、あんたは更に別の人に買われ、飼われているってこと」

「つまり、私の旦那様がいるってこと?」

「ああ、うん、そういうことさね」


おそらく比喩表現なんだろうが、ゾーイはその比喩に耐えかねるように眉間を押さえた。


「私の旦那様って誰?」

「……あの子だよ。あんたがいつぞや安いリボンを贈った。って、どうしたんだい。傷が痛むのかい。まったく無理するから…」


そのとき、ニムの胸は急に高鳴りはじめ、苦しいほどだった。だが苦しいほどの喜びがあると、ニムははじめて知った。


「あのリボン、絹製で高いんだからね…」

「ああそうかい。絹織物なんて滅多に見ないからね、わからなかったよ。そら、ベッドに行くよ、世話の焼ける……」


ゾーイが手を伸ばしてくる。ニムはその手を掴み、彼女に懇願した。


「ゾーイさん!」

「な、なんだい驚かせるんじゃないよっ」

「旦那様は、サツキ様はどこにいるの!?」

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