既視感と決断と
殺気だった人間たちが駆け回っている。男が多く、しかし女もいる。だいたいは若く、年嵩の男が指揮を取っている。典型的な歩兵小隊だ。爆撃魔術を放った魔術士部隊は、仕事を終えてさっさと帰投したのだろう。それだけは幸運だった。
少女は(誰?)藪に潜み、息を殺してそれらをやり過ごそうとする。血と泥にまみれ、汚く、寒い。惨め極まりない。泣き出したくてたまらないが、それで招く未来を考えれば呼吸を止めることの方が簡単だ。その程度はこの身に(この身体?)染み付いている。
そうしながら少しずつ少女は状況の飲み込み始める。どうやら死ぬ前の記憶のようなものがある。自分ではない自分の記憶。彼女の名は、レイン。彼女の名は、紗月。
(私は……誰?)
「見つけたぞ!」
耳元で知らない誰かが叫んだ。驚愕に身を固くするが、何の意味もない。藪から乱暴に引きずり出され、また地面に叩きつけられた。
「なんだ鶏ガラみたいな小娘じゃねえか」
「楽しめなさそうだな」
「娼婦にもなれねえで兵隊になった口かな」
「まあせいぜい鳴かせて楽しむぐらいか?」
下卑た男たちの声と、冷酷な女たちの視線。背後からは炎に焼かれ爆ぜる木の音。ああ、嫌だ嫌だ。せっかく逃げたのに。逃げられると思ったのに。火は嫌だ。焔は恐い(これは誰の記憶?)。
地を這い、後ずさりする。焔の熱が背に近づく。
「おやおや、自分で火炙りするつもりかよ?」
ガハハと、キャハハと、下劣な笑いがあがる。
(私はこれを知っている)
(私は一度……こうして死んだ?)
死を前に気が狂ったのかもしれない。まあ、それでもいい。しかし少女に走った既視感は、夢か現か知らない追憶をたどらせる。
「お、立ったぞ」
「抵抗は無駄だぞぉ?」
立ち上がると、目にうつる光景が二重に見えた。どちらかが記憶の光景で、どちらかが現実の光景。
(私はこんな逆境に抗う力なんて持たない)
(ただの村娘)(ただの高校生)
(でも戦争に来て、逃げながらも人を殺したこともある)(おじいちゃんから教わった剣術がある)
(それも……ここで終わり?)
(これが……私の死?)
「……違う」
「あ?」
少女は声を発す。思いを、決断を形にするように。
(お前たちが私の死であるなど……認めない)
「ま、抵抗されると萎えるから、とりま腕でも切るか」
無造作に振るわれる刃。炎に照らされる死。記憶。
ああ、たとえここで終わるとしても。
「……私が、私こそが、お前たちの死だ!」
その瞬間、兵士たちの目には少女の姿が霞み消えたように見えた。
「……へ?」
少女に刃を振るった男が間抜けな声をあげる。その足元に、手にしていたはずの剣が突き刺さった。