断絶と友情と
キーラの母親は村長のアルバートと親しい幼馴染であり、時折、彼はキーラの家に相談しに来ていた。
その日、訪れた彼は見知らぬ少女を連れていた。
可憐な少女だと思った。自分と同い年ぐらいで、特に目立って器量が良く美人ということでもないが、背中の中ほどまで伸びた黒髪は絹のようにつややかで、黒い真珠の瞳には力強い輝きがあった。
しかし同時にどこか恐ろしい気配を纏っているとも思った。それは華奢に見える四肢が少女らしい薄い脂肪ではなく引き締まった筋肉を纏っていたからか、あるいは細身の剣を、何気なく持っているようでいつでも抜き放ちそうに見えたのか、理由はわからない。
少女の身元はおいおい話すが、適当な動きやすい服を分けてほしいというアルバートの申し入れに、キーラの母は快く頷いた。アルバートのことは信用しているし、少女の美しさに彼女も心を動かされたのだろう。
直接、少女の服を用立てしたのはキーラだった。そのときはあまり話さなかった。
翌日以降、どうも弟たちが騒がしいことに気付いた。余所者の少女が子供たちと仲良くしているという噂と、弟が姉と家に渡せと、死んだウサギと果物を持ってきたのはほぼ同じ時だった。
優しくて賢い子だと思った。キーラは彼女が好きになった。
「どうやら、雨上がりを待たなかった正解だったみたいだね」
回想するキーラの意識に、その声は届いた。振り向くと、そこにここ最近できた友達の姿があった。
「ここも危ないよ? ソルさんと歩いてたら猪に会ったから。雨の間はある程度大人しくしていると思うけどね」
「サツキがまっすぐ村に帰るならここで待っていることもなかったのよ」
「ああ……うん」
降りしきる雨に顔も身体も濡らしたまま、サツキは困ったように笑った。そんなに寂しい笑い方を、キーラは今まで見たことがなかった。
「どこに行くの?」
「近くの街まで」
「村には戻ってくる?」
「明日には戻るよ、って言ったら……村に帰って待っててくれる?」
ぱん、と音が響いた。怒りの感情を自覚する前に身体が動いていた。頬を張られたサツキは、身体も、顔も微動だにさせなかった。
「待ってるわよ! あんたのこと、ずっと待っててやるんだから!」
キーラは叫び、サツキの襟首をつかんだ。サツキは笑みを消し、口元をゆがめ、キーラの手を取った。
「私に触らない方がいいよ。血のにおいがうつるから。それと、私はもうここには来ないよ」
「……ばか! 血がなんだっていうのよ、ばか、ばか、ばかぁ……!」
抗えない別れ。キーラの若い叔父もこんなふうに戦争に行ってしまったし、父も山で無理をして怪我をし、それがもとで死んでしまった。みんないなくなってしまう。抗いようのない断絶。その諦念感で心を殺すしかなかった。
そうやって、この女は友の心すら殺すのだ。
「これ、持って行って。シエルからよ。シエルがこのルートを考えたの」
感情を押し殺し、それだけ言って持っていた荷物を投げ出した。もう、サツキの顔が見たくなく、キーラは木を背にうずくまった。
紗月の手が迷うように震えながら、ゆっくりとキーラの荷物に伸びた。ためらいながら手に取った袋には、キーラの好きな飾り紐がついていた。
「……さよならっ」
うずくまったキーラに、紗月が抱きついた。キーラが反応する前には、風のような身のこなしで彼女は駆けだしていたが――それは、告げられるはずのなかった別れであった。
「――待ってるから! 待っててやるんだからぁ!」
『いつの日かでも、また来ればよいであろう?』
「ううん……もう、戻らないって決めたんだよ」
『それは主の意志じゃ。だが、主の行く先は主だけで決められるものでもない』
良くも悪くも、それが人の常であると、村雨は言う。
雨は止んでいた。空にはまだ雲がかかっていたが、太陽の影が見えた。