捜索と決断と
紗月の朝は早く、未明の頃に起きて見回りをしつつ素振りや型の自主鍛練をする。早朝の鍛練は死ぬ前からの習慣だ。その代わり夜寝るのは早い。
そうして日が昇り始めると家に戻るのだが、鍛練によって研ぎ澄まされた剣士の勘が、朝の静謐な空気の乱れを教えた。
血のにおい。流れる血ではなく、流れた血のにおいがこびりついたようなにおい。殺人者がまとうにおいだ。招かれざる客の気配。
そして警戒と拒絶。村全体がその客を睨み、拒んでいる。
「朝早くに悪いね、アルバートさん」
「ギョームか。久しいな。クルツ君はどうした?」
「今日はいつもとは別件でね。人を探しているんだ。若い兵士の娘だ。ある作戦から姿が見えなくて、現場にもその娘以外の死体しかなかった」
「一人だけ敵の捕虜にされたんじゃないか?」
「そうだね。女としての魅力に乏しい娘だったが顔は整っていた。慰み者になっている可能性もあると考えると居ても立っても居られなくなったが……周囲を探したら敵兵も大量に死んでいるのが見つかってね。一人だけ生き残ってたから尋問したら、一人の少女兵が全員殺していったと言う。しかしその戦乙女の姿はない。気になるもんで探しているということさ」
「軍にそれほどの余裕があるとは驚きだな」
「必要なコストだよ」
「娘と言ったな? それらしいのを見かけたら連絡するようにしよう」
「そうしてくれると助かる。心当たりはないんだね?」
「ないな。……ただ、少し山に入ったところに山小屋がある。最近は危険な獣が多くて誰も近寄ってないが、もしかしたらそこにいるかもしれんな」
「なるほど。まずはそこを見ることにしようか。……おい、知っているか?」
「は。知っているであります」
「行くぞ」
二人分の兵士の気配が、村の外のある方向に向かっていくのを感じた。山小屋だ、と紗月は察した。どう誘導されたか知らないが、彼らはひとまずそちらに行くのだろう。
誘導の目的はわからない。紗月が村で何かをする時間を稼いでくれたのかもしれない。あるいは紗月の痕跡を消す時間を稼いだのかもしれないし、彼らそのものをどうにかする準備をするのかもしれない。いずれにしろ――紗月が決めたことに、それらは関係なかった。
『無念じゃな』
「そうだね。……でも、はじめからこうなることはわかってたよ」
『妾の主たちは、皆そういっておったよ』
その強く無念の滲んだ言葉に、どうやら村雨は本気でそういっているのだと紗月は思った。何がこの妖刀にそう言わせるのか、紗月はわからない。だが、今はまずやるべきことがあった。
ざわざわと木々が鳴き始めていた。
ぞうぞうと風が歌い始める。
雨。冷たい雨。群がる雨。降り始めた。