迷いと存在定義と
くつくつと笑う声が途絶えない。毎夜のように寝室で姿を見せる村雨は、今日も現れたかと思うとこの調子だった。
『アルバートのやつのあの顔、まっこと傑作じゃったわ』
「そんな……ぷぷ」
しかし紗月もそれを否定できなかった。
今日は村の近くに熊が現れた。追い払うか考えたが、成獣ではぐれているようであり、追い払っても戻ってくるだろうと思い殺めた。死体の扱いについてアルバートに聞きに言ったところ、村中の騒ぎになり男たちが総出で運んだり解体したりして、祭のようになった。そしてアルバートは唖然としていた。
思い返せばまだ笑ってしまう。しかし自分の本来の立場を思うと、それも引っ込んでしまった。
『何を迷っておる?』
紗月の中の逡巡を見抜いたように村雨が問う。いや、彼女は知っているのだろう。
「よくわかるね」
『妾は主の刀じゃ。太刀筋に迷いがあれば当然気付く』
「別に、大したことじゃないよ。……そろそろ、出ていこうかなって」
『ここにおればよいであろう』
紗月の苦渋に満ちた考えを、村雨はあっさりと切り捨てた。
『主はこの里に馴染んでおる。主の身の置き所として申し分ないと思うが』
「そんなことないよ。だって私は……人斬りだから」
『妾を主のものにしたことを後悔しておるのか?』
「そうじゃない」
そうではない。むしろ、その方がまだ救いがある。
「村雨を手に取ったから私は人斬りになったんじゃない。人斬りになったから村雨を手に取ったの」
『まだ23人じゃ。乱世にあってはありふれておる』
「そんなこと関係ないよ。……ねえ、どうして私を主に選んだの?」
責めるわけではなかった。すがるような、純粋な問いかけだった。
村雨はすぐに答えない。沈黙し、考えるように寝室を歩き回り……すまぬ、と答えた。
「……どうして謝るの?」
『妾も所詮はただの刀にすぎぬということじゃな。主の敵を斬ることはできても、主の迷いを断つことはできぬようじゃ』
「……もうっ」
やけになったように紗月はベッドに身を投げ出した。しかし、その口元には微かな笑みがあった。
「そんなこと言われたら、考えなきゃいけなくなるじゃない。村雨は……優しすぎる」
『そうか。まあ……妾も主と同じじゃよ。そう言われると、自分がどうあるべきか悩む』
「村雨も悩むのね」
『人ほどではないがの。所詮、この身は刃と決まっておる』
だが、共に悩んでくれるというなら心強いと思った。それならもう少し、この迷いの中に身をおけると。
けれども、運命のような時の流れは、それを彼女に許さなかった。