村民と異邦人と
縄をつかみながら、草の絨毯が敷かれた急斜面を慎重に降りていく。丸い葉と特徴的な光沢を持つ草を何本か根から抜くと、肩にかけた袋に入れ、縄を手繰って斜面を登る。
「お疲れさん。何度見てもほれぼれする身ごなしだねえ」
登りきったところで、一緒に山に入っていた男性、オルフに声をかけられた。
「ありがとうございます。家族にはお転婆だのやんちゃだの色々言われてましたけど」
「いやいや、お転婆結構じゃないか。サツキちゃんの家族もそう思ってたんじゃないかい?」
「でも草とかキノコの見分けは苦手なんで、村にいるときは遊んでばかりでしたよ。これであってますか?」
「ああ、ばっちりだ。じゃあ戻ろうかい」
家族、と言っても紗月ではなくレインの家族だ。そのことが少し心に引っ掛かった。
とはいえ、紗月となったことで、前世で得た基本的な科学知識が役立ち、植物の見分けはだいぶ付くようになった。戦争の傷で手の稼働範囲が狭くなったオルフの監修のもとで数日間採集をするうちに、紗月の中の植物図鑑はかなりのアップデートを得て、今ではもうほとんど指示がなくとも薬草を選び採取できるようになった。
男だてらに香草料理など料理に詳しいオルフと話をしつつ村に戻ると、子供たちが紗月の元に駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、今日の仕事おわり?」
「あ、おい、今日は俺たちと遊んでくれよ」
「いや、まだ遊ぶ時間じゃないんだけど……」
服をぐいぐいと引っ張られながら、紗月はおろおろと答えた。こうやって子供たちにしがみつかれるのはこれで三日連続になる。
「いいじゃない。用事だったら私が代わるわよ?」
子供たちの一人の姉であるキーラが笑いながら紗月に言う。キーラは紗月とほぼ同い年で、この短い滞在の間に一番話すようになった少女でもある。裁縫が得意で紗月の服を用立ててくれてもいる。
「いや、そういうわけには……あ、ほら、お土産あるからこれで今は……」
「おおー、すげーでかいビートルだ!」
「あ、グワットだ! それも森の中にしかないすっごくおいしいやつ」
「そういうことするから……」
昆虫と果物を子供たちにあげる紗月に、キーラは呆れまじりに言った。
「でもほら、脱出できたっ」
「あとでエスカレートさせるだけですよね……」
なんとか子供たちの手を振りほどいた紗月は、キーラの家でも別の少女、シエルを交えて軽食を取っていた。シエルは料理が得意で、ドングリのような生ではおいしくない木の実を上手に処理してスコーンのようなものを饗してくれていた。
「まあでも、弟たちと遊んでくれるのはほんとうに嬉しいわ。むしろずっと遊んでてくれてもいいぐらい」
「いやでも、私にもやることが」
「やることって言っても、ここ数日見ている限り、この時間になると村の外側をぐるぐる歩いているだけじゃない。……見回りだったら、私がやるわ」
「……だめだよ、そんなの」
紗月の口調は重い。しかしキーラはいささか強い剣幕でそれに応じた。
「だめじゃないわ。兵隊ぐらい、適当にあしらってやるんだから」
「……っ、だから、それが!」
「あ、あの、でも、サツキちゃんがそうして村の周りとか森に入ってくれれば、クプレとか獣とか取って切れてくれて、こうしてクプレのスコーンとかお菓子作ったり、子供たちの服を作れたりするわけで…………役割分担って、大事だと思うの」
敬語で気弱そうだが、シエルは年上で気配りもできる。紗月はキーラと仲良くなったが、キーラは気が強く短気で不満をすぐ口にするから、シエルがいなければ紗月はそれほどキーラに近づかなかったと思う。3人そろうことで良いバランスを取れているようだった。
「……そうね。ごめん、チビたちでもからかって憂さ晴らししてくるわ」
「キーラ」
立ち上がったキーラに、紗月は声をかける。
「ありがと。その、こんな物騒な私なのに、かばおうとしてくれて」
「……ふん。同じ村に住んでいる友達をかばうのは当然じゃない」
キーラが出ていってからしばらくは沈黙だけあり、紗月はその間にもそもそとスコーンを食べ終わった。
「でも、私も同じ気持ちですよ」
紗月が立とうとした気配を察してか、シエルは口を開いた。
「国というのは富と力の再分配をするために存在するのであって、そう機能しないのであれば私たちは国のために何かする必要はないのです」
読書の好きなシエルらしい論理的な言い方だった。紗月は遠い世界で寝ながら学んだ政経の授業を思い出した。
「人民の人民による人民のための政治」
「それ、凄くいい言葉ですね!」
そうだね、と紗月は答えた。彼女自身はそんなことを思わなかったし、今となっては……。