傷痍軍人と早抜きと
朝食のあと、アルバートは戸外に出てサツキと名乗る娘と向き合った。彼の手には薪、娘の腰には剣がある。切ってみるから薪を投げてみろということだ。
昨日家に来たときは血色も発育も悪い、食い扶持に困って志願兵となった貧乏な家の娘にしか見えなかった。だが、今朝起きてきたところ見たときから、その印象は大きく変わっていた。
剣を鞘に差したまま、柄に軽く手を当てただけの構え。やる気がないように見えるが、その実、隙がまったくない。その様にアルバートの右脚、従軍中に負傷し切断された断面が疼いた。
歴戦の剣士、しかも何人も斬り伏せてきたという気配を隠しもしていない。母のイドラも見に来ているが、その気配に知らず飲み込まれたように静かにしている。
投げた薪が切られる瞬間を目に止めることはできなかった。
風の音に紛れ斬擊の音も聴こえなかった。感知できたのは、十字に切られた薪が落ちる音と、娘が抜き放った剣を鞘の近くに戻している姿。
早抜きかと思う。
剣を抜いて構えず、素早く抜いて敵の不意を突くという技はある。しかしアルバートが軍で見た限りでは、それは単なる小技に過ぎなかった。普通の剣は重く、鞘も剣をすぐ抜くためには作られていないのだ。だが、娘の持つ剣ならば違うのかもしれない。細く鋭く、緩く弧を描いた片刃の剣。鞘も装飾は少ないが精密な拵えだ。
「それで何人斬った?」
「……はじめの9人のあとは覚えていません」
答える様子にはためらいがあった。おそらく次に人に向けて剣を抜くときは躊躇するだろう。だが、斬らざるえなくなったからではなく、斬ると決めた瞬間には斬っているだろうという様子もある。そういった手合は恐ろしい。戦うなら命を諦めなければならない相手だと思い、その相手というのがまだ年端もいかない少女だと気付いてアルバートは笑った。
「それで、ここではどうするつもりだ?」
「狩りの手伝いや村の警備をさせてください。弓を使うのは苦手ですが、獣や食べ物を探すのは得意ですし、村を警備していれば兵士が来てもすぐに気づけます」
「気づいているだろうが、私も元は兵士だ。兵士をどうにかすることは肯定できない」
「でも軍を……信頼しているわけでもないですよね?」
「……」
「そうじゃなきゃ、私をとっくに通報しているでしょうし……この村も軍に守られている様子がない。……私の村もそうでしたから」
「……良いだろう」
そうしてアルバートと娘サツキ、それと老母イドラの短い共同生活が始まった。それは決して良い形で終わることはないと始めに思いそのとおりとなったが、アルバートが家庭を持とうかと思うきっかけにはなった。