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24-2 花まつりの宵に

地平線の向こうまで、どこまでも続いているように見えるなだらかな大地ににそって、規則正しく並んだ鮮やかな紫の畝が真っすぐに伸びていた。


花の一つ一つは可憐な風情でも、それらが寄り集まって咲く一株の背丈は意外と高く、大人の膝より少し上くらいまでの高さがある。


ラベンダーの株にそって細い小路をゆったりと歩けば、風が何とも言えない甘い香りを運んでくる。


その紫の波に揉まれるようにして花を刈っていく人々を、美鈴はヴァンタール家の馬車から見守っていた。


ラベンダー狩り競争。


村中の老若男女が参加する中、特に目立つのが背の高い二人の若者――フェリクスとジュリアンだ。


長い髪をリボンで結んで、頬を紅潮させ夢中になって花を刈る様はまるで少年のように見える。


「――そこまでっ!」


終了の合図と同時に、ジュリアンは大きく息を吐いてその場にどっかりと座り込んだ。


「……はああああっ! 今年も、俺の勝ちだな? フェリクス」


額の汗を拭きながら数メートル離れた場所にいるフェリクスを見やると、ジュリアンは荒い息を吐きながらニンマリと笑った。


「それはどうかな。 私の見積もりだとこちらの山の方が大きそうだ」


刈り取ったラベンダーを積み上げた小高い山の隣に立ち、冷静な表情を浮かべつつも、ほんのりと頬が上気させたフェリクスが胸を張る。


――なんだか、子供みたい。


馬車の上からその光景を眺めて、美鈴は思わずクスリと笑ってしまう。


ラベンダーがたくさん入った袋を腕に抱えて二人が馬車に戻ってくると、あたりはさらに濃い花の香りに包まれる。


「この花は、全てミレイ殿に差し上げます。この土地で作られているものは、香りも別格なんですよ」


「え……いいんですか? こんなに。うれしい……!」


先日、ジュリアンから受け取った一束のラベンダーも、確かに素晴らしい香りだった。


これだけあれば、紅茶に入れたりハーブティーとして活用するだけでなく、サシェ(におい袋)を作るのもいいかもしれない。


「ありがとうございます、ジュリアン様、フェリクス様」


ふんわりと甘く、それでいてどこか凛とした香りにうっとりとしながら、美鈴は二人に向かって礼を言った。


「いえ……私では持て余してしまうので」


フェリクスと目が合った直後、彼は何となく視線を逸らして伏し目がちにそう答えた。


思えば今日これまで、ジュリアンたちがルクリュ家の別荘に迎えに来てからというもの、フェリクスと視線を合わせていない……というより、目を合わせるのを避けられている気がする。


――避けられている? でも、なぜ?


美鈴への態度自体は以前と変わらず丁寧なそれだったけれど、どことなく距離を置いているようにも思える。


かといって、直接フェリクスに「どうかしましたか」、などと聞くことができるはずもない。


何も身に覚えがない以上、卑屈な態度をとる必要もない。極力、いつも通りに――何も気づいていないように振舞おう。


ラベンダー畑から村へ入ると、中央広場は大勢の人でにぎわっていた。


近隣の村からも人出があるようで、普段静かな田舎の村が、ちょっとした街になったような人出だった。


子供たちや村娘は花模様の刺繍が入った民族衣装に縁に白い襞のついた帽子をかぶって行き来している。


祭りの山車はラベンダーを中心とした色とりどりの夏の花で飾られ、広場の中央にある噴水の横に置かれている。


ヴァンタール家の馬車が広場に入っていくとすぐに「若様!」「ヴァンタール様」というざわめきが広がり村人たち達が馬車を取り巻いた。


「ヴァンタールの若様! ようこそおいでくださりました」


「アルノー伯爵様も!」


「今年の白葡萄酒の出来はまた格別ですよ! ぜひ、ご賞味を……」


街の上役たちの勧めで馬車を広場の隅に停めると、祭りのために開放されている酒場に一行は移動した。


ワイングラスに金色の液体が注がれると、同時にぶどうの甘い香りがふんわりと香る。


「美味しい……!」


その年獲れたてのぶどうで造った熟成させない生の葡萄酒は果実味が強い。


「でしょう? 出来立ての白葡萄酒は産地でなければ味わえませんよ」


足のはやい生のワインは輸送に時間のかかる大都市へ卸すことはできない。純粋に地産地消で楽しむ味わいだ。


「おお、ジュリアン様、今年もよくいらっしゃいました」


「やあ、村長、お招きありがとう。今年も盛況だね――」


戸口に現れた恰幅のよい男性に挨拶しにジュリアンが席を外したため、美鈴はフェリクスと二人、店内に取り残されてしまった。


普段は村の人でにぎわっているのだろう、質素な木のテーブルと椅子が並ぶ店内。


窓から光が差し込んでいる以外は、薄暗い室内にフェリクスの姿がほの暗く浮かんでいる。


まどからのうす明かりを受けて亜麻色の髪の輪郭がぼんやりと光って見える。


美鈴がグラスを飲み干す前に、フェリクスはすでに何杯かを飲み干していた。


――繊細そうな見た目によらず、意外に酒豪なのだろうか? それとも、葡萄酒が特別に好きだとか……。


それくらい早いペースで葡萄酒を飲み干すフェリクスの頬は、注意深く目を凝らすとふんわりと紅く染まっている。


ずっと伏し目だった瞳の長い睫毛がゆっくりと瞬き、アイスブルーの瞳がチラリと美鈴の方に向けられた。


ただ、視線を投げられただけなのに、冷たく美しいブルーの瞳に見据えられて美鈴の心臓がドキリと音を立てる。


「――初めて会った時から、不思議だった」


今日、ほとんど初めてフェリクスが美鈴を正面から見つめて言葉を発した。


「君は何か……他の女性、貴族令嬢とは違う。……まるで、別の世界からやって来たみたいに」


フェリクスの唐突なひと言に、背筋が凍り付くような緊張を覚える。


「別の世界なんて……、フェリクス様、ご冗談を……」


軽く笑ってフェリクスにそう返した美鈴を、冷たく輝く青い目が射抜くように見つめている。


何か自分でも気づかないところで不自然さを感じさせてしまったのかと冷や汗が出る思いだ。


「今まで、私の周りに君のような女性はいなかった――私は」


そこで一旦言葉をきってフェリクスは俯いたが、決意したように顔をあげて再び美鈴の目をみた。


「女性が苦手だ――。いや、嫌いといった方が正しいのかもしれない」

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