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17-1 はじめての「お願い」

 なぜ、あの男がここに……?


 二度と会うこともないと思っていた、あの男が再び目の前に現れたことに美鈴は驚きを隠せなかった。


 リオネルが怪訝そうな顔で見つめるのもかまわず、美鈴は窓辺に駆け寄って屋敷の正面玄関に佇む男をじっと見つめた。


 男の、ごく軽く、弓なりに曲げられた薄い唇は微笑みのような表情をつくっていたけれども、彼の暗い色の瞳は笑ってはいなかった。


 野心家らしい鋭い眼光のよく動く瞳は、光輝く侯爵夫人邸の灯りを受けてギラギラと輝き、辺りを見渡している。


 間違いない、あの時の男だ……。


 そう確信すると同時に、ブールルージュの森で感じた恐怖が、まざまざと美鈴の胸に蘇ってきた。


 線の細い外見に不釣り合いな力強さで美鈴の手を抑え込み、決して放すまいと必死になっている男の表情には鬼気迫るようなものがあった。


 それが善いものなのか、悪いものなのかは別として、確固とした信念と強い意志を感じさせる何かが、男の白く細面の顔に確かに宿っていた。


 もう一度、あの男に捉えられてしまったら――きっと、今度は逃げることはできないだろう。


 そう考えるだけで美鈴の表情はこわばり、剥き出しの肩から首筋にかけてが何とも言えなくうすら寒く感じられる。


 男よりも遥かに体格がよく、多少強引なところがあるとはいえ常にさりげない気遣いを見せるリオネルとは対照的に、男の、何か思いつめたような瞳は美鈴の警戒心をかきたてた。


 美鈴のただならぬ様子に驚いたリオネルは、そっと彼女の手からグラスを抜き取り、冷えた両手を握った。


 彼女の視線の先にいる男にチラと鋭い視線を投げてから、心配そうに美鈴の顔を覗き込んでくる。


「ミレイ……? 一体、どうしたんだ? あの男……君の知り合いか?」


 森の中であったあの出来事を、リオネルに話す気にはどうしてもなれなかった。


 それに、少なくとも現在の「彼」は身分のある貴婦人の同伴者としてこの屋敷にやって来たように見える。


 この場で彼との間にあったことを打ち明け、事を荒立てるのは得策ではないと考えた美鈴は、精一杯、平静を装ってリオネルに応えた。


「いえ、……知らない人。何となく気になっただけ――リオネル」


 リオネルに握られた両手から視線を上げて、美鈴は彼の顔をみて切り出した。


「……お願い、わたしの頼みを聞いて……?」


 男性に、個人的なことを頼むのはこれが初めてだった。


 リオネルのグリーンの瞳が眩しいものを見たかのように細められる。


 その瞳をまっすぐに見つめながら、消え入りそうな声で美鈴は呟いた。


「――この会場を……いいえ、舞踏会を抜け出したいの、今すぐに」

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