勇者になったボクが、魔王を愛して色々と拗らせている件について。
勇者サイドです。
前のを読まないと少し分からないところもあるかも?
よろしくどうぞ‼︎
木漏れ日が差し込む深い森の中。
小さな小屋の中で、愛しい妻がボク達の産まれたばかりの子供を抱きながら「そうだ」とボクを見つめた。
「今更なんだけどさぁ……ヴェンの話を聞かせておくれよ」
「ん?急にどうしたの?チェルシー」
「なーんだかんだと言って、ヴェンの過去は殆ど知らないからねぇ」
………そういえば。
ボクは小さい頃も、チェルシーに再会するまでのことも何も話していない。
あの、悍ましい記憶を思い出すのはちょっと嫌だけど……まぁ、聞かれて困ることではないし、いいかな。
「あんまり気分がいいものじゃないよ?」
「構わないよ。ヴェンのことが知りたいんだ」
……なんて愛おしいことを言ってくれるんだろう?
ボクはチェルシーとソファに隣り合って座り、語り出す。
どこにでもあるような、一人の男の始まりをーー。
*****
ボクは小さい頃からゴミのような存在だった。
望まれて産まれてきたんじゃない。
はっきり言って、親からしたらボクは〝いらない子〟らしい。
ほぼ貧民街と言っても変わりないところに暮らしていた。
酒浸りの父親と、男漁りが好きな母親。
育児放棄され、暴力を振るわれ、まともな食事も与えられず。
道端の草をよく食べていた。
そんなボクの転機となったのは、ボクがある貴族に売られてしまったことだろう。
違法とされているけれど、人間族というのは獣人を奴隷とするのが流行っていたらしい。
ボクもペットを欲しがる貴族に、売られてしまったんだ。
主人となったのは赤毛の、とても醜い女性。
ブツブツと吹き出物は酷いし、その身体は豚のように肥えていて。
………気持ち悪かった。
でも、当時のボクは幼かったから……どうするべきなのか分からなかったよ。
そんなペットであるボクに与えられた役目は簡単だ。
主人と閨を共にすること。
今思えば、明らかに二十代後半……いや、三十代後半(?)の女性と五歳児が性交渉だなんて犯罪の臭いしかしないよね。
何も知らずに寝室に連れて行かれ、その女が裸になった瞬間……鳥肌が立ったよ。
本能的に、恐怖を覚えたのは今も忘れられない。
まぁ……幼いながらにソレは忌避すべきことだと感じ取ったボクは、発達不全な獣人の身体に鞭を打って、連れ込まれそうになったベッドから逃げ出した。
まぁ、理性よりも本能が動いたってことかな?
でも相手は大人だからね。
子供にできることは限られてる。
屋敷内を逃げて、逃げて、逃げ続けて。
本当に、偶然にも……運命の女神様が味方してくれたんだ。
ボクが入り込んだのは、様々な魔術の巻物が保存されている部屋で。
うん、なんとなく予想がつくかもしれないけど……偶然にも、ボクは転移の巻物を発動させることができたんだ。
そこからはチェルシーも覚えてるんじゃないかな?
この森に辿りついたボクは、魔物に襲われ……そこでもやっぱり逃げて。
ボロボロになったところで……チェルシーに救われたんだよ。
チェルシーと一緒にいた時間はとっても幸せだった。
暴力は振るわれないし、ボクをボクとして扱ってくれるし。
美味しいご飯、暖かい寝床。
優しい温もりに、与えられる知識と技術。
もう、本当に死んじゃっても構わないと思ったほどだったよ。
チェルシーがボクの名前を呼ぶたびに、ボクはここにいていいんだって……泣きそうになった。
本当に、幸せだった。
例え、チェルシーと一緒に死のうと……構わなかったんだよ?
なのに……チェルシーは自分が魔王だからってボクを人の世界に返してしまった。
ふざけてるよね?
人の意見も聞かないで勝手に行動してさぁ……。
人の世界に戻ったボクはもう一度チェルシーに会うために頑張ったんだ。
魔王が住むとされる森は、他国の管轄下だからね。
ボクじゃ簡単には入れなかったし、魔王が特に何かをして国を滅ぼそうとしていることもない。
魔王との戦闘は大きな被害が出るだろうからって……冷戦(あくまでも人類側の意見だけど)の状況下で、不要に魔王を刺激しないためにも森には入らせてもらえなかったんだ。
なら、入れるようにするしかないって死に物狂いだったよ。
言っちゃえば権力を手に入れようとしてたってこと。
ほら、ボクは身分がないから……それなら力で証明するしかないでしょう?
簡単に言えば、国の騎士団に喧嘩売って、ボコボコにしてボクの力を認めさせて、ちょっと騎士団入りしたりとか。
ついでにそれ経由で、ボクが強い魔法使いだって……魔法使いを育成する学園に伝わったからね。
特待生入学して欲しいって言われたから、魔法学園に入学して、首席になったりとかしたんたよ。
あ、そうだ。
チェルシーに教えてもらった剣術や魔術ってね。
なんか、他の人と比べたらそりゃ強いらしくて。
剣術の方は、魔王相手に訓練してたからだと思うんだけど……魔術の方は、世界的に退化する前の力だったらしいんだ。
なんかさ?《ロストマジックの使い手》とか言われちゃったんだよね……。
という訳で。
ボクがこんな力技に出られたのはチェルシーの教育の賜物だよ?
毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日。
チェルシーのことを思い出して、チェルシーの温もりが恋しくて。
頑張ったんだ。
温もりが消えて。
その匂いが消えて。
チェルシーとの大事な記憶が薄れるたびに、発狂しそうだった。
苦しかった。
でも、だからこそチェルシーをこの手に取り戻すために頑張れたのかな。
国でも有数な力の持ち主とされたけど、ボクにはまだチェルシーに会いに行くほどの権力がなかった。
そんなある日ね。
一人の女性に会ったんだ。
褐色、黒髪の女の人。
その人が何故か……懐かしい感じがしてさ。
思わず、ボクはその人に「魔王?」って聞いちゃったんだよ。
そしたらさぁ……何が起こったと思う?
その女の人と一緒にいた男の人と女の人達が襲いかかってきたんだ。
大丈夫だったのかって聞かれたら、大丈夫だったよ。
全員返り討ちにしたもん。
あぁ……まぁ、とにかく。
その人は隣の大陸の《第Ⅲの魔王》だったらしくてね?
ボクが魔王だなんて聞いたから、仲間の人達がその人を倒そうとしたんじゃないかと思って攻撃しちゃったんだって。
え?魔王が他の大陸に来れるのかって?
まぁ、それも話すから安心してよ。
取り敢えず……ボクは、どうして彼女に声をかけたか話したんだ。
この大陸の魔王に育てられて、放り出されたから、彼女をもう一度手に入れるために頑張ってるんだって。
女の人がボクの求める魔王と同じ雰囲気がしたからつい声をかけちゃったんだって。
そしたら、その男の人と仲間の女の人達はドゲザ?っていう遠い国の謝罪方法で謝ってきたんだよ。
間抜けなポーズで、ちょっと面白かったよ?
そっから沢山の話を聞いたんだ。
大陸と魔王の仕組みや、魔王の役割。
穢れ堕ちとそれを浄化する聖女の神聖魔法。
………というか、話を聞いてたら他の大陸の人が他の大陸の魔王を倒せないんだからボク、襲われる必要あったのかな?って聞いたら……その人達、顔面蒼白で再び土下座したよね。
まぁ、とにかく。
ボクは思ったんだよ。
チェルシーを倒す以外の方法があるなら、聖女を探さなきゃいけないって。
神聖魔法なんて使える人、ほとんど存在しないんだけどね。
偶然、第Ⅲ大陸にはいたから運良く《第Ⅲの魔王》は浄化されたらしいんだけど……。
でも、探さなくても大丈夫になった。
それがこの前も話した浄化のネックレスだよ。
男の人の知り合いに、なんかとんでもないチート?を持つ人がいるらしくて……第Ⅱ大陸の魔王様もその浄化石なるもので自動浄化されるようになったから、穢れ堕ちしなくて済むようになったんだって教えてくれたんだよ。
で、ボクもその人達に会って、事情を話して。
浄化石を下さいってお願いしたんだ。
簡単にくれて、ちょっと呆気なかったかな。
まぁ、簡単に作れるらしいから問題ないんだとか。
あぁ、そうだ。
魔王の大陸移動だけど、どうやら浄化直後は大陸と魔王の繋がりが緩和されるから行けるんだって。
後、《魔王の身代わりセット》(?)っていう特殊な魔道具をチートさん達が作ったから、浄化直後じゃなくても問題ないらしいよ?
それが壊れるまでは魔王も他の大陸に遊びに行けるんだってさ。
今度、それ使って他の大陸に遊びに行こうよ。
えっと……話は戻るけど。
そっから後はひたすら、魔王の住む森に行けるようになるために頑張ってたかな。
一応、騎士団に所属してたからその仕事で色々とやったりはしてたけど。
え?あー……あの仲間達?
アレは……ちょっとよく分からないかな?
仲間じゃないのかって聞かれたら、微妙じゃない?
勝手について来ただけだし。
チェルシーが穢れ堕ちし始めてたのと同時に、チェルシーが濾過しきれなくなった分の負のエネルギーが魔物となって異常増加したでしょう?
それがまぁ人々を襲うから、その討伐となったら国がやるしかないよね。
その討伐を見てたからなのか……魔法使いの女がボクの力に興味を持ったみたいで勝手について来て……神官の女が「貴方こそがわたくしが仕えるべき勇者ですわ‼︎」とか公言し始めて……あのちびっ子は、なんだっけ?
あぁ……あの子だけは単に酔っ払いにセクハラされてんのを巡回中に見つけたから、セクハラしてた奴を捕まえたら懐かれたんだ。
で、あの騎士は王女だったかな?
姫騎士とか呼ばれてて……なんか、よく分からないけど王様に押しつけられたんだよね。
まぁ、そんなこんなで?
魔物の大暴走が起きたから、魔王がこの大陸を滅ぼそうとしているって各国が騒ぎ出して……魔王を討伐することになったんだ。
あの神官が勇者だって公言してたからなのか。
ボクの力量で判断したのかは謎だけど……ボクは魔王討伐の任を与えられた。
もうその時は嬉しくて嬉しく嬉しくて‼︎
やっとチェルシーを抱き締めて、可愛がって、ドロドロに甘やかして、快楽に溺れさせて、もう二度とボクから離れられなくなるようにしてあげようって心の中で小躍りしちゃった。
あまりにも興奮しちゃったからつい、王様の前で「魔王を犯してみせます‼︎」なんて言っちゃったよ‼︎
みんな、それに頷いてくれたから、国の許可も出たしやった‼︎って思ったんだけど……アイツらの様子から見るに、ボクの言葉を魔王討伐への意気込みって感じで前向き解釈してただけみたいだけどね。
そっから、再びチェルシーも知っての通り。
魔王討伐に来たボクは、君をドロドロに甘やかして、犯して、妊娠させて……幸せな家庭を築きましたとさ。
*****
「ね?どこにでもあるような話だったでしょう?」
「………いや……そんなヘヴィーな始まりがどこにでもあるような話だったら困るんだけど……」
ボクはニコニコと笑うけれど、チェルシーの顔はとっても険しい。
どうしたのかな?
「…………取り敢えず……その貴族の女を殺しにいかないかい?」
「なんで?」
「ヴェンをペット扱いなんて……万死に値するよ」
…………あはははっ……。
チェルシーったら、そんな可愛いことを言ってくれるなんて……。
ボクは彼女の唇を奪って、ギリッと噛みついた。
「大丈夫だよ。その女はボクが戻ってからも獣人をペットにしてたからね。もう公的な処分をされてるよ?」
「ヴェンは気にしてないのかい?」
「うん。ボクが気にしてることは、チェルシーとまた離れないようにすることだけだよ?」
「………流石に、捕まってるからね。逃げようがないよ」
そう言ったチェルシーは脚を少し上げる。
その脚に嵌っているのは、銀色の足環。
鎖はついていないけれど、ソレは魔術の力でチェルシーをこの小屋に……ううん、正確に言えばボクの魂に縛りつけていた。
「あははっ‼︎だいじょーぶ。ボクがずぅっと養ってあげるから」
今はボクの意思でこの小屋に縛りつけてるけど、この魔術はある意味、足環を嵌めた相手を奴隷のように付き従える魔術。
いついかなる時も、離れることができず……その魂も、寿命さえも共有化される。
本当は。
ボクよりも長い時を生きたハイエルフであるチェルシーなら、簡単にボクの魔術を解くことができるはずなんだ。
それに魔術使用の制限もかけてないからね。
また、ボクを遠く遠くに転移させることだってできる。
でも、彼女はそんなことをしない。
ううん、できない。
十年のあの暖かな日々はボクだけじゃなくてチェルシーの冷たいモノも犯してしまったから。
きっと、この十年でよーく分かったんじゃないかな?
〝孤独〟というのは、とてもとても……恐いことだと。
だから、ボクの魔術を彼女は解かない。
繋がっている限り、ボクとチェルシーはずっと一緒だからね。
目に見える足環に、チェルシーが恍惚とした表情を浮かべていたのを……ボクは知ってるんだよ?
こうしてボク達は二人。
いや、子供を含めて三人かな?
これからもっと増えるだろうけどね。
ボク達は、この小さな小屋で……暖かな依存愛に包まれて生きていく。