06 接点回数が世界を救う
ワーウルフのボス、ガロンとの次のアポは約束済みだった。
問題は、何を話すかだ。
営業の第一歩として、ひとまず心の障壁をなくす必要がある。
商品を買う気がない人に買わせるには「こいつが売るものだったら買ってもいいかな」と思ってもらうことだ。
つまり商品のよさを伝えるよりも先に、まずは営業マンのことを好きになってもらう必要がある。
「……うーむ」
とはいえ、いい方法などすぐには思いつかない。
ひとり頭を悩ませていると、街の正門がなにやら騒がしくなった。
「何かあったのか?」
隣にいたフォゼッタに問いかける。
「あぁ、今日は男たちが狩りに出ていたから、獲物が取れたのだろう。気になるなら、見に行ってみるか?」
ワーウルフたちに食料を徴収されているから、少しでも補おうとしているのだろう。
情報は宝だ。
商談を円滑に進めるためにも知れることは知っておいたほうがいい。
フォゼッタの提案に乗って、正門へと向かうことにした。
そこで目にしたのは、予想以上のものだった。
「……で、デカくないか?」
男たちが狩ってきた獲物は、イノシシのような動物だった。
けれど大きさが異常だ。
トラックくらいの大きさがある。
「あんな巨大生物、街の人たちだけで捕まえたのか……?」
「まぁ、命がけになるがな。こいつらは知能が低いから、上手く罠を仕掛ければケガ人も出ないが……」
毎回、そう上手くは行かない。
そんなニュアンスのある言い方だった。
「とりあえず、これだけの獲物なら、食料問題は少し解決しそうだな」
「あぁ。それ以上に、こいつの牙に価値がある」
「牙?」
イノシシのような動物には、マンモス級の牙が二本ついている。
象牙のように装飾品にでもなるのだろうか?
「この牙を加工することで、アンデッド除けの薬品が作れるんだ。西の山にはアンデッド系の魔物が多いからな」
「この街の脅威って、ワーウルフだけじゃなかったんだな……」
「それはそうだ。でなければ、こんな高い城壁で囲ったりはしない」
けれど、とフォゼッタは補足する。
「アンデッド除けのお陰で、そちらは気にする必要がないがな」
「……西の山っていうと、ワーウルフたちが根城にしてる山の隣だよな?」
「ん? あぁ、そうなるが……」
なんでそんなことを? とでも言いたげなフォゼッタ。
しかし俺には、もう次の動きが見えていた。
「よし! この獲物、一部をワーウルフへのお土産に持っていこう」
「な、なに!? せっかくの獲物だぞ!?」
「せっかくの獲物だからこそに決まってるだろ? なんでもいいから機会があれば会いに行くんだよ。営業にとって大事なのはクライアントとの接点回数
だ」
営業というのは商品を売る仕事じゃない。クライアントと仲良くなる仕事だ。
「年賀状も暑中見舞いもお中元も郵便じゃなく直接持っていく。「たまたま近くに来る用事があったので、持ってきちゃいましたー」とか言いながら、つ
いでに営業かけるのが大事なんだ」
「う、うむ……よくわからない単語ばかりだが……何度も会談するというのはわかるぞ。交渉には根気が必要だからな」
最初は驚いていたフォゼッタも、お土産には賛成のようだ。
「じゃあ、急いで準備してもらっていいか?」
「あぁ。肉を受け取ればワーウルフたちも、より友好的になるだろう」
「いやいや、肉もあったほうがいいけど、やってほしいのは肉の加工じゃない」
「ん? では、何の準備だ?」
「この牙を薬品に変えてくれ」
「アンデッド除けを……?」
よくわからないといった様子のフォゼッタだが、おそらくこれで事態は好転するはずだ。
それから数日。
街の中を歩いていると、突然悲鳴が聞こえた。
「わ、ワーウルフが城壁をよじ登ってるぞっ!?」
城壁の上で監視していた男性の声だ。
その叫びが終わるより早く、彼らの姿が確認できた。
十メートル以上はある壁を軽々と乗り越えて、数体のワーウルフが姿を現す。
彼らは、城壁の頂上から飛び降りると、すごい衝撃音を響かせながら着地した。
フォゼッタが、ワーウルフなら簡単に越えられると言っていたが、本当だったらしい。
突然やってきたワーウルフに住民たちは怯え切っている。
対するワーウルフのほうだが……。
先陣を切って侵入してきたボスのガロンは、俺を見つけると豪快に笑いかけてきた。
「よう、リーチ! 元気にしてるか?」
「リーチではなく利一です」
「おぉそうか、リーチ」
「……」
人間に限らず、この世界の人たちは俺の名前が発音できないらしい。
ガロンは力強く笑いながら、親指で城壁のほうを指さす。
「今日の分のブルスティは、外に置いといたぜ」
ブルスティとは、この前住民たちが狩った巨大イノシシの名前らしい。
「ありがとうございます。ただ、住民が驚くのでちゃんと門から入ってきてください」
「開くまで待つのが面倒なんだよ。そんくらい大目に見ろって」
そんなことより、とガロンが笑みを深める。
「また例の薬を頼むぜ」
「アンデッド除けですね。ご発注ありがとうございます。最速で納品させていただきます」
「いやー、人間ってのは器用なもんだな。あんな牙からアンデッド除けを作るとは」
感動を表現したいのか、ガロンは俺の背中をバンバン叩いてきた。
痛いので、正直やめてほしい。
けれど、営業相手に嫌な顔はできない。
笑顔を貫いていると、ガロンは本当に感心した様子で腕を組む。
「いやー、アンデッドの連中、オレらのナワバリを荒らしやがって困ってたんだ。お前らの薬のおかげで、楽に追っ払えて助かるぜ」
「目の傷のお話を聞いたときに、そのような話があったので。お役に立てたなら、なによりです」
「おう、めちゃくちゃ立ってるぜ! ブルスティを狩ったら届けるから、また頼む」
最後にもう一度豪快に笑うと、ガロンは手下たちを引き連れて街から出ていった。
ワーウルフが去ったことで、緊張していた周囲の空気がやっと和らぐ。
それから遅れて、フォゼッタが駆け寄ってきた。
「あいつら、また城壁を登ってきたのか!?」
「まぁ、危害を加えに来たわけじゃないし、いいんじゃないか?」
「それはそうだが……」
フォゼッタはどこか納得しきない様子だ。
守衛隊長の彼女としては、守りのための城壁を軽々と超えられるのは微妙な心境なんだろう。
だが、気を取り直すように咳払いをひとつ。
「しかし大したものだ。まさかワーウルフたちにブルスティを狩らせるとは……」
この効果は絶大だった。
正直、予想以上の成果になっている。
そのことにフォゼッタも感心した様子だ。
「ブルスティが減ることでケガ人や農作物への被害は減るし。ブルスティの肉が手に入るからワーウルフたちも、私たちから食料を奪うことはなくなった」
しかもブルスティの牙からアンデッド除けを作るにはこの街の協力が必要だから、ワーウルフが住民を襲う心配もない。
「最初は頼りない奴だと思っていたが……まさか、戦うことなく解決してみせるとは。少しは見直したぞ」
それからフォゼッタは、周囲の住民たちに視線を移した。
「街のみんなも、お前にはとても感謝している。ワーウルフには長らく苦しめられたからな」
彼女の言葉通り、たくさんの人たちからお礼の言葉が投げられた。
けれど俺にとっては、そんなことどうでもいい。
「いや俺は自分のためにやっただけだから」
そう、永久休暇のためでしかない。
街を救ったことで俺は名実ともに勇者となった。
そして街の危機はすでにない。
勇者の仕事はなくなったのだ。
つまり、ついに! やっと! とうとう! 俺も休暇がもらえる!
毎日が日曜日という、最高の日々が俺を待っている!
「――」
しかし、この時の俺は気づいていなかった。
一度や二度救ったくらいで、永久にこの街が平和になり続けるはずがない。
次の脅威が襲ってくるのも時間の問題だった。
けれど、それはまた別のお話。
この瞬間の俺は、ただただ久々の休暇を楽しみにしているだけだった。