05 営業トークはルーチンワーク
ワーウルフのボスとのアポまで、あっという間だった。
フォゼッタと二人で、ワーウルフの根城に乗り込む。
そこは山の中にある廃墟だった。
元は城塞かなにかだったのだろう。
頑丈そうなレンガ造りだが、一部は崩落していてボロボロだ。
そんな城塞の中を、下っ端ワーウルフに案内されながら進んでいく。
すると、横を歩いていたフォゼッタが小声で焦りを見せる。
「お、おい、結局どうするつもりだ? 下手をすると、私たちは生きて帰れないぞ」
「問題ない。営業トークはルーチンだ。やることは決まってる」
「だから、お前の言うエイギョーとは何なんだ?」
そんな基本的なことは面倒なので説明しない。
いま大事なのは、営業トークのほうだ。
とはいえ、実に単純な作業でしかない。
まずアイスブレイク。
「最初に軽い雑談で、場を和ませる」
次にオープニング。
「場が和んだところで、すかさず今回の目的を提示する」
続けて、プレゼンとヒアリングだ。
「自分たちに何ができるのか説明して、相手側が何に困っているのかを聞き出す。この二つは状況によって順番を変えてもいい」
そしてサポーティング。
「先方の困っている問題に対して、解決策を提示する。弊社なら問題を解決できますと力説するわけだ」
最後にクロージング。
「そうして契約を結ぶ。ここまでが営業の仕事だ」
この六工程を上手くやれば、商品を売ることができる。
覚えてしまえば、同じことの繰り返しでしかない。
「よ、よくわからないが……本当に大丈夫なのか?」
「あぁ、やっかいなクライアントなら何十人も相手にしてきたから、問題ない」
それに、今日のためにアポのシミュレーションも入念におこなった。
「相手が取り付く島もない状態でなければ、問題なく話を進められるさ」
「おぉ! 敵陣のただ中でその自信……初めてお前を頼もしいと感じたぞ。す、少しだけだがなっ」
言葉通りフォゼッタの視線から、わずかにトゲトゲしさが薄れたような気がする。
彼女からの信頼に応えるためにも。なによりも俺の永久休暇のためにも、この商談をうまくまとめてみせる!
そんな意気込みで、ガロンと名乗るワーウルフのボスと対面したのだが……。
「お前らと話すことは何もない」
開口一番、これだった。
隣にいる女性からは、殺意に似た気配が漏れている。
俺の脇腹にひじで攻撃しながら、小声で話しかけてくる。
「取り付く島もないじゃないかっ!?」
「落ち着け。ひとつ、いいことを教えてやる」
「なんだ?」
「想定通りにアポが進むことなんて、滅多にない」
「自信満々に言うことか!?」
などと話している間に、ワーウルフたちは爪と牙を構える。
「さて、オレたちの根城に入ってきて、生きて帰れるとは思ってないだろうな?」
フォゼッタがさらに激しくひじ攻撃を繰り返す。
「ま、まずいぞっ! このままでは、私たちは奴らの胃の中だ!」
「……」
仕方ない、ここは作戦変更だ。
商談のことはいったん忘れよう。
まずはワーウルフのボス、ガロンを観察する。
体は、他のワーウルフに比べて一回りほど大きい。
体毛も他が黒や灰色なのに対して、彼だけは白色だった。
どれもエピソードとしては弱い……。
外見で最も特徴があるとしたら、右目だろうか。
そこには大きな傷跡が残っていた。
古い傷のようだが、かなり目立っている。
よしそれでいこう、と決めるまで思考時間は1秒未満だった。
「その右目の傷は……誰かと戦ったときのものでしょうか?」
「ん? あぁこれか? これは、十年前にナワバリ争いをしたときの傷だな」
「なるほど。ちなみに、そのナワバリ争いの結果は……?」
「もちろんオレが勝ったに決まってる」
「おぉ、すごいですね! ぜひ、その時のお話を聞いてみたいです」
街の平和とはまったく関係ない話を始めた俺に、フォゼッタが再びひじをぶつけてきた。
「おい、そんな話をしてどうする!?」
「いいから、黙ってろ。相手の話に頷きだけしていればいい」
「そ、そんなことでいいのか?」
よくわかっていない様子のフォゼッタだったが、命の危機ということもあってか俺の言う通りにしてくれた。
そうして俺とフォゼッタが相槌を打つなか、ガロンは昔の武勇伝を語り続けた。
それが数時間ほど続いて、俺たちはワーウルフの根城から無事に出ていた。
「なぜだ!? あっさり帰れたぞ!?」
街への帰路を進みながら、フォゼッタが困惑した声を上げる。
しかし答えは簡単だ。
「どんなに気難しいクライアントでも、こっちのことを良い人だと思うと無理難題を言ってこなくなるんだ」
「良い人と思う……? 話を聞いていただけだが?」
「人ってのは、自分の話をしたいものなんだ。特に、過去の栄光や自慢話をしていると気持ちいいからな」
「それで武勇伝を?」
「もちろん、話させるだけでは意味がない。そこで三つの魔法の言葉がある」
「ま、魔法!? お前の世界にも魔法があったのか!?」
それはただの比喩表現だ。
しかし、魔法と言っていいくらい効果がある。
「すごいですね、なるほど、さすがですね。この三つを繰り返しているだけで、大抵の人とはうまく会話ができる。機会があれば使ってみるといい」
「そ、そういうものか?」
「とにかく相手の言ったことを否定しない、なるべく褒める――それをされて嫌な人間はいないだろ?」
人間は、他者から認めてもらえると快楽を感じる生き物だ。
肯定を繰り返すことで「こいつは俺を認めてくれる良い奴」と思い込ませることは不可能じゃない。
「まぁ、わからなくもないが……」
渋々ながらも納得を見せていたフォゼッタだが、はっと思い出すように声を張り上げる。
「って、待て! 結局、街の話が進展していないぞ!?」
「あたり前だろ? 一度のアポで商談がまとまるはずがない」
営業は簡単な仕事ではない。
「まずは顔合わせをして、そこから親しくなって、その後やっと受注できるんだ。最低でも三回は交渉が必要だと思ったほうが良い」
だが、初回の印象は上々。
「これなら回数さえ重ねれば、なんとかなるだろ。任せておいてくれ」
「うーむ……?」
自信満々な俺に対して、フォゼッタは半信半疑だ。
「最初に任せろと言ったときは見事に裏切られたし……とはいえ、いま無事なのはお前のおかげだし……」
ひとり言のようにつぶやいてから、結局彼女は疑いの視線を向けてきた。
「お前のことを信頼していいのかどうか、いまいちわからないな」