03 商材の把握が大事
念願の長期休暇がもらえるかもしれない。
それだけの理由で勇者を安請け合いしてしまった。
そんな俺がまずやったのは、街の人たちから話を聞くことだった。
実際、いま目の前にいるのは農夫のおっちゃんだ。
彼の話に、俺は何度も頷きを返していた。
「なるほど。ではこの街は、ほぼ自給自足で生活できていたんですね」
「まぁな。大きな街でもねぇからな。奴らが来るまでは、食うに困ったことはねぇよ」
色んな人から話を聞いて、わかったことは多い。
この世界の文化レベルが中世くらいということ。
機械の代わりに魔法技術が発展していること。
俺が召喚されたアトリア国というのがひとつの街で、国というほど大きくはないこと。
そういった情報を聞き出しては、メモを取りつつ記憶していく。
このおっちゃんから聞きたいことはまだまだある。
「次に、主な農作物について――」
そうして質問を続けようとした時だ。
遠くから俺を呼ぶ声がした。
「おい、リーチ! 何度言ったらわかるんだ。勝手にあちこち出歩くんじゃない!」
イラ立った様子で駆け寄ってきたのは、剣を携えた女性だ。
燃えるような赤髪が特徴的で、腰まで届くそれを首元で一つに束ねている。
服装は他の住人と変わらない質素なものだが、胸部や足を保護するように一部だけ甲冑をまとっている。
凛とした出で立ちで、今にも斬りかかってきそうな迫力が印象的だ。
そんな物騒な気配の彼女はフォゼッタ。
この国の守衛隊長だ。
とはいえ、いま守衛は彼女ひとりしかいないらしいが。
王女であるアイリスの命令で、彼女は勇者を補佐することになった。
つまり俺の補佐だ。
しかし彼女が俺を見る目は非常に冷たい。
「いいか、私はまだお前のことを信用していない。私の目が届かないところで勝手なことをするな」
「あー、はいはい、わかったよ。もう聞き飽きたって」
まぁつまり、彼女は俺を監視するために隣にいる。
正直、仕事の邪魔だ。
実際問題、彼女は俺が今やっていたことの意味も理解していないのだから。
「また、住民から聞き取りをしていたのか? そんなことをして何の意味がある?」
ったく、だから嫌なんだ。
「いいか、自分が売る商品のことも知らずに営業が勤まると思うな」
「え、エイギョー……?」
「すべての商材を把握するんだ。その上でクライアントの無茶ぶりに対応するために、その場で新規提案できるように準備するのが営業の鉄則だろうがっ!」
「な、なにを言ってるのかわからないが……まぁ、お前なりに考えあっての行動ということか」
フォゼッタが渋々といった様子で頷いていると、ふと大きな音が響き渡った。
カンカンカンと金属を叩く音だ。まるで危険を知らせるように。
この音に、フォゼッタが表情を険しくする。
「……来たようだな」
「来たって、なにが?」
「説明しただろ! この町を脅かしている奴らだ!」
「あぁ、例の……」
俺が解決しなければいけない問題らしい。
困った。
まだ情報収集の段階だ。
作戦も戦略も、なにもない。
けれど、そんな俺の事情は考慮してくれないようだ。
フォゼッタが俺の腕をつかんで歩き始めてしまう。
「さぁリーチ、お前の出番だ! さっそく向かうぞ!」
「いや、待ってくれっ! 準備不足でクライアントに会うなんて、失注するのが目に見えてる!」
「何の話だ? とにかく、これが勇者であるお前の役目だろうが」
必死で抵抗するものの、フォゼッタのほうが俺より何倍も力があるようだ。
俺は引きずられるようにして、連行させられてしまうのだった。