02 休暇をください
巨大な穴に飲み込まれたと思ったら、変なところで目が覚めて。
そしたら可愛い女の子がいて、俺のことを勇者と呼んできた。
「……」
はっきり言おう。
意味が分からない。
なんだ、この状況?
混乱を極めていると、目の前の少女――アイリスだったか?
そのアイリスが、可愛らしく小首をかしげた。
「あの、勇者様のお名前を伺ってもいいでしょうか?」
状況はいまだにわからない。
けれど、この言葉への反応は早かった。
即座に懐から名刺を取り出す。
「申し遅れました。私、株式会社テンセイの多田利一と申します。以後よろしくお願いいたします」
営業マンとしてのクセである。
これにお姫様は困惑している様子だ。あたり前だが……。
「えっと……これが勇者様の世界での自己紹介なんですね」
彼女はすぐに笑顔になると、差し出していた名刺を受け取ってくれた。
「なるほど。この文字は読めませんが、こうして紙に書いて渡せば忘れることもありませんね」
感心するように言いながら、彼女は興味深そうに名刺を見つめていた。
「この真ん中の図形が、タダ・リーチ様の名前を表しているのでしょうか?」
彼女が指さしているのは、確かに俺の名前が書かれている部分だ。
けれど、すこしだけ気になる部分があった。
「いえ、俺の名前はリーチではなく利一です」
発音がちょっとだけ違っている。
「す、すみません! えっと……リィーチ、ですか?」
「りいち、です」
「リ・イーチ?」
「……もうリーチでいいです」
「あぁっ、ごめんなさいっ! 異世界の方の名前は、発音が難しいんですね……」
まぁこのくらいの間違いなら構わない。
クライアントの中には、悪口のようなあだ名をつけてくる奴もいるのだ。
それに比べたら、ちょっと発音が違うくらい――
「ん? いま異世界って言ったか?」
「はい! この街を救っていただくために、勇者様を召喚させていただきました」
「……は?」
街を救うために、召喚?
ここが異世界?
いやいや、ないないない!
異世界召喚とか、あるはずがない。
きっとドッキリか何かだろう。
意地の悪い上司が、俺の慌てふためく顔が見たくて仕掛けたとか?
うん、きっとそうだ。それしかない。
異世界に召喚されるより、よっぽど現実的な結論だ。
だとしたら、目の前の少女には申し訳ないことをした。
あんな上司のために一芝居打たされているのだから。
早く止めさせてあげなければ。
そんなことを考えていると、当のアイリスは真剣な様子で祈るように両手を組んだ。
「お願いします! この街を救っていただけるなら、なんでもしますから」
「……なんでも?」
つい食いついてしまった。
けれど仕方ないだろう。「なんでも」と言われて食いつかない奴などいるはずがない。
「本当になんでもいいのか?」
念押しするように確認する。
すると、彼女はわずかに頬を染め、視線をそらした。
「は、はい……私ができることなら、なんでも……」
覚悟を固めるようにスカートをぎゅっと握っている。
なるほど、ウソを言っている様子はない。
なら、俺が望むことは決まっている。
「休暇が欲しい」
「……はい?」
「とにかく休みたいんだよ、俺は! 休みがもらえるなら勇者だってなんだって、やってやる」
「え、えぇと……勇者様は街の危機があったときに動いていただく立場なので……危険がなくなればずっとお休みですが」
ずっと? フォーエバー?
つまり、死ぬまで休暇を満喫できる!?
「やる」
「はい?」
「勇者、やる」
即答していた。
これにお姫様が表情を輝かせる。
「ありがとうございます! それでこそ、勇者様ですっ!」
うれしさが抑えきれなかったのか、彼女は飛びつくようにして抱きついてきた。
けれど、そんなことはどうでもいい気分だ。
やっと長期休暇が手に入るかもしれない。
死ぬまで休暇なら、それは永久休暇と言っても過言ではないだろう。
人間には休息が必要不可欠だ。
ずっと休んでいないと、まともな思考もできなくなる。
そう、勇者という大役をあっさり引き受けてしまうほどに。
つまり何が言いたいかというと、誰か俺に休みをくれ!