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相対する境界線  作者: 之羅
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1話 茶番

「僕と...僕と、付き合って下さい!」


 彼女の頬が紅潮する。

 どこか戸惑った様子で、だけれど嬉しそうな表情で、


「──私で良ければ、はい」


 優しい夕陽が、二人を祝福するかのように紅に染め上げる。

 時刻は夕方、場所は学校の体育館裏。テンプレと言えばテンプレ。だが、たった今。()()にとって忘れられない場所となった。


 そう、三人にとって。


「─────────っ!」


 転がったボールを取りに行って、偶々(たまたま)目にした光景に息を飲む第三者。

 大粒の涙が頬を伝い、膝は震え、思考が上手く纏まらないでいた。


 数十メートル先で熱烈なキスを交わす二人を視て、夢だと必死に思い込もうとするも締め付ける胸の痛みが現実であるなによりの証であった。


「──っ!─────っ!!」


 彼は走った。

 周囲の目も気にしないで、脇目も振らず家まで一直線で走った。


 誰もいない、一人の家に帰り、ベッドで毛布にくるまる。


「あぅ、ひっ、ひぐっ、うっ、うぅぅぅ......」


 誰彼(たそがれ)時、静謐な、誰にも犯されることのない部屋で彼は泣いた。

 締め付ける胸の痛みは更に増し、まるで電流が流されるかのような錯覚に陥る。


 魔法が発達した世界、人類の害悪が蔓延る世の中。


 それらに必死に抗い正義になろうとした少年は、気づいてしまった。

 正義は、とてもあやふやなものだと。

 絶対悪なんて、そもそもないんだと。


 やがて夜は明け、朝陽が昇る。


 彼は虚ろな瞳のまま支度をし、再び学校へ登校する。


 登校中に、二人の後ろ姿を見つけた。

 息が詰まり、平衡感覚を失って倒れそうになる。心なしか、昨日よりも彼らの距離感は近い気がした。


▲▼


 この学校は、基本的に二つのクラスに別れている。


 一つは『実技』。

 もう一つは『座学』。


 彼は正義を求めたが故に、両方を完璧にこなせた。


「えーと、そこのお前。富士藤(ふじとう)、解いてみろ」

「──はい」


 短く返事をすると、彼はゆっくりと黒板に向かい、板書をする。

 正解したのか、教員は「戻れ」と満足気に言った。


 彼にとってこれらは単なる作業に過ぎない。

 何故なら、その問題は数年前に覚えたし、なんなら自前の研究で最新の情報を彼は持っている。

 彼が今書いた答えは正解ではない。


 否、正解と思われていたもの、といった方が正しいか。


 その最適解は随分前に彼が立証した。

 勿論、成果は政府なんかに渡さない。未だ、彼の机でお蔵入り状態だ。


 座学の授業は、彼には退屈すぎた。





「富士藤、コイツと組んでみろ」

「──はい」


 分厚い筋肉が隆起している一人の生徒が彼の前に呼ばれる。ひょろりとした彼なんかが勝てる相手ではない。少なくとも、普通ならそう思う。


 筋肉男はなんの躊躇いなく彼に掴みかかった。それは果たして彼が受けられると信じての行動か、はたまたそうでもしないと勝てないと悟ったが故の行動か。


 理由は──後者であった。


「オルリャ!」


 彼の細い首筋を狙った攻撃は、上半身を反らすだけで簡単に避けられてしまう。が、筋肉男は止まらない。


 残った左手で彼の脇腹を思いきり殴ろうとして、


「ちっ──」


 短く舌打ちをし、彼はそれを掌で受け止めがら空きの顎へ左手で掌底を打ち込む。

 冴え渡った彼の一撃は、いとも容易く筋肉男の意識を落とした。


「......ふむ、なんだ。今日はやけに荒々しいな、富士藤。まぁいい、結構だ」


 そういうと踵を返して何処かへと去っていく教員の姿を見、今日の実技が終わったことを察する。

 今日は自主練をせず、おとなしく一人で家に帰ろうとした矢先、


「ねえ、富士藤君。少し組んでくれない?授業だけでは足りなくて」


 友人に──否。元、友人に引き留められてしまった。


「──なんの冗談だ、君が俺とやり合おうなど。そんなの、勝負は既に決まっているようなものだぞ」


 彼は、この学校において最弱の名を欲しいがままにした男である。見た目も彼と同じく軟弱であり、その可愛い系の顔はむしろ座学志望の方が似合っている。


 そう、この男、実は実技クラスに属しているのだ。


 「努力はしているようだが、明らかに才能がない。そろそろ諦めて座学に移動してみては───」


 これは、彼のせめてもの情けだった。

 この先、様々な戦争に巻き込まれるであろうこの国では、実技クラスに属している生徒は是非もなく兵士として徴収される。


 それを承知で入学しているはずだが、彼は無駄な犠牲は望まなかった。元友人ともなれば、尚更だ。

 ......それが例え、想い人を取られた相手だとしても、だ。


「うる、さい」


 しかし、男は彼の情けを叩き落とした。


「──なんだと?」

「うるさい、と言っている!」


 ヒステリックに叫びだした男は、必死の形相で彼を睨む。その瞳には正義の光が宿っており、全てが虚無の男にはあまりに眩しすぎた。


「......ああ、そういうことか。ついに俺のことを()()に来たということか。成る程、おもしろい」


 周りに人がいない。人避けか、はたまた結界を張ったか。

 彼に推測できる材料は少ないが、これは計画的に行われているものだと推理した。


 彼は大体の流れを把握したのか、静かに頷く。そして、挑発的に笑って見せる。


「だから昨日...そうか、覚悟は十分ということだな」

「ああッ!その命、我が魂を贄にしてでも消し去る!いでよ、偉大なる神の────」


 長々とした詠唱。

 男の右手を天にかざした瞬間、彼は、既に動き出していた。


「遅いわ。誰がそんな詠唱、待ってくれようか」

「─────え?」


 ドシャリ、と男の後ろで生々しい音がする。

 天に伸ばされた男の腕は肘を境にプツリと途切れていた。血は出ない。何故なら傷口ごと彼が剣で焼ききったから。


 男は恐る恐る、背後を振り返る。

 

 そこには、男にしては細い、血だらけの腕が落ちていた。


「がッ!?ああああああ!!」

「どうした、探し物は見つかったか?」


 あくまでも嘲るようにケタケタとわらう彼の姿は、悪魔のようだった。

 早い終幕だな、と、男に背を向けた彼。


 しかし、男は諦めてなんかいなかった。


 男は隙ありと、()()を煌めかせ彼の後頭部を穿つ。


「──なッ!?」


 寸でのところで避けた彼は、男を蹴り飛ばした。

 

 受け身をとった男は、数十メートル離れて再び彼を睨む。


「...そうか、あの女......」


 彼の脳裏に、一人の女性が浮き上がる。

 回復魔法を主として使い、母性に満ち溢れた、彼がなによりも愛した女性。


「ええ、私よ。富士藤。こうして喋るのも久し振りね」

「凜!あれほど前に出るなと言ったじゃないか!」

「...いいのよ、貴方と対峙している奴を見て分かったわ。本質は、昔と対して変わってないのよ」


 二人が仲良く話している間、彼は全方向から飛んでくる矢に手を焼いていた。

 全方位から、なんて予想だにしていなかった彼は、ひたすらに避け続けるしかなかった。


「......やはり、か」


 彼女が出て来た時点で、薄くだが予測していた。


「...まさか、勇者パーティ全員で出張ってくるとは」


 精々二~三人だと踏んでいた彼だ。八人全員が来るとは思わなんだ。


 勇者パーティにはそれぞれの分野のスペシャリストが呼ばれる。その、全ての分野において負けなしの彼も召集されるハズだったのだが、どういう訳か声すらかからなかった。


 勇者の元に集ったのはスペシャリストとは程遠い美少女総勢七名。その内二人は彼の元友人と来たものだ。内、更に一人は勇者──つまり、彼の目の前にいる男のことである。


 全てにおいて第一線にその身を置く化け物のような彼と、全てにおいて不完全である勇者パーティだからこそ現在の均衡が保たれている訳だ。


「正義の名において、僕は悪である君を殺さなくちゃいけないんだッ!」


 やっと矢の包囲網から抜けたと思ったら、男が斬りかかってくる。

 その速度はまるで遅く、本当に殺そうとしているのか疑問に思うレベルだ。


 ──だが、彼は避けることは出来なかった。


 やけに鋭い剣先が、彼の腹を貫通する。


「やった!」

「この剣は僕の思念強度が強ければ強いほど切れ味が上がる!君も年貢の納め時だ!」


 遠く、その声を聞きながら彼は考えていた。


「なぁ、勇者。正義と言ったな」

「まだ生きていたのか!?」


 そんなすぐ死ぬわけなかろうに、と、彼。


「お前は既に悪だぜ。残念だったな」

「──は?何を言って、」

「早くソイツを殺しなさい!何されるか分かったものじゃないわよ!」


 男は剣を引き抜き、再び振りかざそうとして、彼に剣身を素手で捕まれてしまった。


「いいから聞け。お前の正義は、本当に正しいのか?」

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