アーレアとシーラ
「ねぇ、最初に言っておくけど。あんな茶番に付き合ったんだから正確に伝えなさいよ」
「!」
「なに、びっくりした顔しているのよ」
アリイは体育座りのまま空中のシーラを見据えていた。
「・・・ど、どこから」
「そうね。1つはトレンの姿が見えなかった事ね」
「1つは・・・というと。それ以外にもある・・・という事ですか?」
「相手の攻撃が当たった時に私の鎧から金属音がしたわ。でも、この鎧は金属は使ってないのよ」
「金属ではない!?」
「最初目くらましの類と思ってトレンの居た筈の場所を探ったけど違っていた。攻撃は見たままで防ぐ事も出来たしね」
「それが・・・」
「そう見える筈の物が見えず、私を倒すならば見えていては不都合なものが見える。これってどう考えてもおかしいでしょ」
「そうなんですか?」
「視覚を奪ったのに攻撃はそのまま見えるなんて・・・ちょっと位置や角度を変えて見せるだけで一方的に攻撃できるのよ。しかも見えていると錯覚させている状況で、視覚的な攻撃を幻だと感づいたとしても、なかなか対応できるものではないわ」
「迫る武器が見えていれば体が反応してしまうからですね」
「しかもアーレアへの一撃で解けた。つまり術者はアーレアだった可能性が非常に高い・・そこから導きだされる結果はアーレアは討たれことを望んでいた・・・ちがうかしら?」
アリイは再び、空中のシーラを見据えた。彼女は「半分だけどね」と前置きしてから頷く。
「でも謎が残る」
「なぜ・・・と?」
「いいえ。謎はあなたよ」
「私?」
「あなたは、そんなアーレアを手伝った。敵対する存在のフリをしてね」
シーラは「ああ」と納得した様な素振りの後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今から。15年前一人の人族の青年が旅の途中大けがをして谷底で倒れていたの・・・辺境とはいえ魔族である村人は助けるか迷ったわ」
彼女の話をまとめるとテッタの父親は敵対する人族であった為、いったん発見した村人はそのまま放置して立ち去った。しかし、村人は村長に相談して村人による多数決で決める事となった。人族から一人も直接被害を被った者が村には居なかった事もあり多くの物は一旦助ける事は助けようと言う事で話はまとまるが、怪我が治り次第様子を見て出て行ってもらうという話で村長が谷底へ向かって行った。
すぅぅと、シーラは降りて彼女の横に座る。
「そこへ偶々、消えかけた魂に引かれてスクブスが現れた。何を思ったかそのスクブスは彼を助けた。その時生まれたのが私、そしてスクブスはアーレアになったわ。1人のスクブスが青年と交わした契約に基づき、助けた彼の生命力を常に吸い続けた。その役割がアーレア、そして彼の監視がシーラ・・・つまり私ね」
彼女はアリイへ顔を向けると、人差し指で自分の顔を指さした。
その後、助けに来た村長が男の側に人族の女性もいる事を見て夫婦と勘違いした事を彼女は否定せずに村まで行き2人の為に納屋を1つ開放して人が住める様にしてベットに男を寝かせて薬草を彼女に渡した。既に魔力によって傷は癒えていたが彼女は薬草を使って男の傷があった場所に包帯を巻いて治療したようにする。
「ふううん。じゃ監視している内に・・・てこと」
「・・・ああ、それは違うと思う。私達スクブスに愛という感情は存在しないもの。ただ彼にせめて寿命まで待ちたかっただけよ」
アリイの言葉の先を読み取った彼女はそう告げた。
「彼が危険な状態になったのは傷ではないのね?」
「それは、私のせい・・・」
彼女は少し悲しそうな顔を見せた。
「彼にアーレアを近寄らせない為に結界を張ったせいで彼の生命を危険な状態にしてしまった。分離したとしてもアーレアと私は同一の存在だから力の行使は共有されて・・・つまり同じエネルギータンクで私が使って減った分を彼女は契約に基づき彼から補充した・・・結果、彼は昏睡状態になり、それといくら近寄らせなくとも彼とアーレア間に細い管が繋がっている様なものだと理解できた、とは言っても結界の御蔭で彼の生命力は少しづづに制限さてたけど、その後も確実に減り続けた」
「その結界は今もあるの?」
「あるわ、結界そのものは壊されない限り、そうたやすく消えたりしないわ」
「この村が辺境に存在するのに鬼の存在をあまり感じないのはそのせいなのね」
「あくまで、それ用ではないので余程近づけば気づかれてしまうけど、目くらまし程度にはなっていると思う」
「話を聞いてて違和感の1つが分かった。あなた今も日本語を話しているでしょ」
「魔法の発動はなるべく抑え会話するには、その方がよかったから」
「なぜ日本語話せるのよ」
「ちょっとね」
「あっ、あの時ね」
あの時、突然怠くなったのを思い出す。
「でも、結果的に良かったかもしれないわ。でなければ今頃、鬼達にこの村は蹂躙されていたと思うから」
「どういう事よ、それ」
「今。あっちで沢山の鬼と魔族が戦っているけど村は存在そのものが鬼には見えていないと思うわ」
そう言って彼女が指指す方向をアリイは見た。森。彼女の言う話は、目の前の森ではない事は分かる。
「それって、どの位離れているの?」
「そうね。あの子の背に乗って走れば半日くらいかしら?」
あの子とはトレンの事だろう。かなり近いとも遠いとも微妙な距離。此れだけ離れていれば結界のおかげで此方の事は気がつかれないだろうというシーラに私は立ち上がった。
「状況はどうなっているの」
「そうね。魔族側が雨を降らせて小鬼がだいぶ溺れてオーガは泥濘で本姓の力が出せずにいるみたい」
「あなた見えるの?」
まるでシーラの顔だけが私の目の前に突然現れて、その目が輝きだすと村の片隅居た筈の私は戦場へと移動していた。3メートルに達する背丈のオーガに囲まれ、咄嗟に剣を引き抜く。
『落ち着いて、それらは映像でしかないわ』
何処からかシーラの声が聞こえて、いつの間にか気がつくと彼女が、ついさっきまでの状態で足元に座っていた。
「幻覚か!」
剣を仕舞うと辺りの様子を見る。誰も私に気がつかないどころか、1体のオーガが私の体を通り抜けた。いや、正確には相手の方が大きいのだから、抜けたのは私の方かもしれない。跳ねあがった心臓がゆっくりと落ち着きだす。
「凄いものね。これはリアルタイム?」
『ええ、そうよ。ちょっと近すぎたわ』
そのまま視界は上空へと移動して全体を見渡せる様になると、まるで空を飛んでいる様な錯覚を覚えるが視覚の情報と体である足からは大地に立った感覚が消えずにある事、空の上でで見えない壁の上に立っている様な気になった。
上空から戦況を観察を始めたアリイは、視線をやや右上の動く影の様なものに気がついた。
「ねえ、ここ。此処を拡大できない」
『いいわよ』
すすすっとその一部分が、アリイの方に競り上がる様に拡大されて行くとまるでジオラマでも見ている様な感じになる。
「人?」
更に覗き込むようにすると森の木々り中を馬で走るドーンを発見した。
「え!なにしているの」
『予想進路を見てみましょうか』
シーラが、そう言うと半透明なドーンが複数、彼の前に連続的に現れる。そして、彼がそれに追いつくと、その半透明なドーンは消えて行った。
『ここを目指しているみたいてね』
彼女が指さした半透明なドーンの先頭が、一際大きいオーガへと続いていた。
「このオーガを狙っているのかな」
『それはオーガジェネラルね』
「オーガジェネラル?」
『オーガロードの次に強い個体よ。んーと今回ロードは居ないみたい』
きょろきょろとシーラは辺りを見渡した後で、そう言った。
「ロード・・・指導者、我が道を行くて来なやつ?」
『んー、当たらずとも遠からずってとこかな。ロードは道じゃなくて王の事よ』
「王様かあ」
『鬼族は国という概念がないから王と言っても王様ではなくて・・・そうね。魅力の大きさの称号みたいなもので王鬼は1万以上の部下を持つ集団になった頂点のことで、今世の王鬼は正確には王鬼姫だけどね』
上空からの見たドーン達の総数が目的地にいる敵の数より少ない事を感覚で捉えたアリイは、ふと思いつく。
「ねえ、この映像みたいなのを利用して、こちらの数を見せかけでも多くできない」
アリイは森を走るドーン達を指さす。
「ジェネラルだけでもいいから」
『そうね。出来なくはないけど、3体に見えるとか?』
「出来れば黒騎士で顔はわからない様に兜をかぶった状態のやつ」
『あなたをモチィーフにして複製して配置すればいいのかしら?』
「贅沢言えば、なるべくバラバラに動かせるといいんだけど」
『それは3体くらいが限界、でも軍隊なんだから一糸乱れぬ感じでもよくない?』
「それもそうか・・・じぉあ、こっちに100体、ここと、そしてここにも」
『意図がわかったわ。そうね期待に添うよう頑張るわ』