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夢と現実

公務室から響いた音に振り返り、セフィーは足早に引き返すが、ドアノブへ伸ばした手を止めた。一瞬の迷いの後ドアをノックする。


「セフィーです。よろしいでしょうか?」


もしも倒れていた場合、返事が出来ない事も考えて返事を待たずに再びドアノブへと手を伸ばす。


「セフィーか?」


返事があったので手を掛けた状態のまま「はい」と言うと、王から入室の許可が下りる。ドアを開けて中に入った彼女は王の前へと進むと頭を下げてから王の様子を確認する。


「御無事でしょうか・・・あっ」


王の左手から血が滲み出ていた。驚いて凝視する彼女の視線に王は初めて自分の左手の負傷に気づいた。


「ああ、これか大したことではない」


「いけません」


彼女は薬と包帯を用意すると、王の手当てを始めた。王は左手を上げて彼女が作業しやすい様にすると、彼女の横顔を見つめてから視線を机に向ける。そこには拳大の凹みがあった。


「セフィーよ」


「はい」


「仮に、100人を助ける用意があったとする」


「はい」


返事をしながらも彼女は王の治療を止めずに続けた。


「民が300人、商人が50人。それぞれ別の場所で助けを求めていたら何方を助ける?」


「公平に50人づつでしょうか?」


「公平と言うなら6対1として84名と14名という考えもあるぞ」


「それでは双方、大半を切り捨てる事になります」


「だが、数の論理では300人は救えないぞ」


「確かに、この場合は・・・」


言葉を切って王の左手に薬を塗り包帯を巻く。


「100人を助ける用意しかないので完全に助けられる商人が優先されるのではないでしょうか?」


「まあ、結論としては同じと言えば同じなのだが、アリイにも同じ質問をした」


王は包帯が巻かれた手を引き、セフィーは少し後ろへと下がる。


「アレは商人50名に助ける条件を出せという」


「それはどの様な」


「助ける代わりに新たに5名を雇用せよとな、さすれば250名の民が雇用され、残った50名を余力で助ければ全員助かると言った」


王は視線を彼女に向けると「この考えをどう思う?」と尋ねた。


「かなり難しいかと」


「うむ、確かに現実では、そううまく行くまいと我も思う、だが片方に決めてしまうより可能性は残る」



                     ☆



明かりも持たずに闇の中、森を爆走する集団があった。一見無茶なこの強行は彼等の乗る馬が魔法的な存在であり夜昼関係なく障害物を避けて走れる事にあった。乗りては方向を示すのみで、後は馬に任せる方法で走り続けていた。


「隊長」


「ん、どうした?」


「伏兵と思われる集団を発見したと報告が」


要点だけを掻い摘んで話してくる部下に「わかった」と答えると、ドーンはさらに左、森の奥へと迂回する事を指示する。本来なら蹴散らして、少しでも籠城中の支援をしたい彼ではあったが、堪えるしかなかった彼の手に自然と力が籠もる。



                     ☆



アリイはテッタの家に着きポシェットから薬草を取り出すと少年の薬箱へと移し替えて行った。今度はそれを少し摘みすり鉢へと少年が移し替えて潰していくと薬草特有の香りが辺りに立ち込める。


小さくなって肩に前足を乗せていたトレンが耳元で『外に何かいる』と言うので彼女は夢中になっている少年には声をかけずに外へと移動した。音を立てない様にゆっくりとドアを開け、体を滑らせるように出るとまたゆっくりと閉める。辺りを見渡した彼女は気配はすれど視界に入らない何かの位置をトレンに確認した。


「どっち?」


『真っすぐ』


目を凝らすが暗くて彼女には何かは実見ることが出来なかった。


「数は分かる?」


『1つ、そこ』


トレンの顔がある一点を見つめた。その視線を彼女も追うがやはり何も見えない。その時、何か・・・そう、例えるならエレベータで降りている時のようなふわっとした感覚と止まった時の重量感と共に疲労した時の倦怠感が、突然彼女を襲った。


(なに?これ・・・)


我慢できない程ではないが、気怠さを感じつつ用心に彼女は剣を構えた。すると彼女の後ろから突如発行する丸いものが現れ、その光で辺りが明るく照らされると正面に立っていた人物の姿が視界に忽然と現れた。その姿はまるで黒い皮のライダースーツを着込んだ女性の様な姿で違いと言えば腰には切れ込みがあり肌を露出している部分がある事と袖に当たる部分も無い事だった。それと宙に浮いているソレは腰の後ろから蝙蝠のような羽があり音もなく羽搏いていた。


「あら! 私に気がつくものが居るとは思ってなかったわ」


言葉を発した事でソレの口には牙がある事が分かった。それと頭の左右に2本のヤギの角の様に段々のある角がくるりと回っていた。


「だれ?」


突然現れた発光した球状のものも気になるが、まずは目の前のソレに視線を固定する。


「はじめましてお嬢さん、私はスクブスのアーレア」


「トレン」


私の声か、トレンの自らなのか、それは殆ど同時に私の肩から飛び出した。目の前のアーレアへと走るトレンはその過程で巨大化し彼女を襲った。それによってトレンの影となったアーレアが何をしたのか見えなかったが、トレンの体が横へ吹き飛ばされ、私の前に立つ彼女の手に黒い鞭が風を切る。迫る黒いものに感覚だけで反応した私の左手が上がる。鞭の先が左手の盾に当たった衝撃で後方へと腕毎仰け反った。


「トレン!」


鎧の肩関節部分がギギギと軋むが、どうやら耐えた。御蔭であらぬ方向へ曲がらずにすむ。私の掛け声にピクリと反応したトレンを見て安堵の吐息が漏れる。痛む左手を剣の柄へと移動させてしっかりと両手で構えなおす。よく見ると彼女の右肩はレザースーツが裂けて血が流れていた。どうやらトレンは相打ちだったのだろう。


その時、アーレアの目が青白い光を放った。それを待っていたかの様に私から右上の上空にある光の玉が朧の様に形を変え人の姿へとなった。その光の人型が両手を伸ばしている。その手を中心に何かガラスの様な球状のものが私を包む。おそらくシールド的な何か。


『させません』


私を庇って現れたものは、光に覆われていてはっきりとはしないものの、あのペンダントを拾った時の人物だと確信した。


「ほお。シーラか、まだ消えずに残っていたか」


シーラと呼ばれた光の人影がアリイと重なり、彼女の意思とは無関係に全く知らない構えを取る。しかしアリイは体を乗っ取られた感覚は無く何方かと言えば、まるで自分の周りにそれが覆いつくしている感覚に襲われた。動こうとすればそれは抵抗する気配もなく自由に動けた。剣を振るう事に関しては勝手に動く、初動がアリイとするならば技がシーラの補佐で発動すると言ったものであった。


無駄のない突きがアーレアの腹部へと吸い込まれる様に押し込まれて行く、力のないアリイの突きに動作と体重が剣に上乗せされ体毎、アーレアへと臭突していった。タングステンの刃に光が包みアーレアの物理結界を通過して魔力結界をタングステン本来の硬度が突き破る。腹部から入った剣先が背中へと突き破った時、違和感を感じて後方へと彼女は飛び退いた。


そこにはアーレアの姿が薄れていくと、やせ細ったオーガが現れて崩れるように真後ろへと倒れ込んだ。腹部には先ほどの傷が乗っている事からアーレアだと思っていたものは、このオーガだったのだろうか?


『気お付けてアーレアは取り付いた者の生気を糧に術を使います』


頭の中に響くその声は、おそらく肉声ではなく私だけが聞こえているのだろう。


握りしめていた柄に力を込めて剣をオーガから引き抜くと、アーレアの姿をした者が4人。此方へとゆっくり歩く様に進んでくる。1体は鞭、1体は長剣、1体は素手、1体は盾とショートソードを持っていた。


素手の奴は魔法でも使うのだろうか?


この4人と戦い出してから暫らくすると私はある疑念に確信めいたものを感じた。それは私がこんなに強い訳がない。戦い出してから4対1の状態で、それなりに攻防が続いている。なぜかシーラという謎の加護を受けたと言う事を差し引いても素人の私が戦えている事に疑問を持ったが、そう考えても迫る危険を無視する程の確信もなく盾や剣で受け、攻撃も繰り返す。なんだ?この違和感は、あと少しあと少しで、分かる気がする。そして私は閃いた。トレンが居ない。そう倒れて動けないのではなく、倒れていた場所には何もないのだ。トレン程の巨体が転がって地面に何も痕跡が無く、姿もない事などあり得ない。


幻術?


何処から?


私はトレントが倒れた筈の場所まで下がり腰を低めて、内心御免と言って足でその空間を蹴る様にしたが足は見たとおりに何も感じず少しだけ土を舞い上げた。それを確認した私は必死にアーレアが元立っていた場所を思い出す。確かこのラインとあの杭の先端と頭の中で想定した場所へ剣を振るう。4人からの攻撃はあえて無視してそのまま受けた。どすっと何もない空間に剣が突き刺さり、何もない空間から血が滴る。


その瞬間、周りの空間が音もなくひび割れていく。


残ったのは背中に突き立てられた剣と私の方に振り返り驚愕したアーレアの顔。そしてその向こうに傷だらけのトレンが、そのスキを突いて突進して前足の長い鋼鉄の爪をアーレアの喉元に突き立てた。最後にアーレアは「ばかな」と呟き私の剣に吸い込まれて行くと丸く開いた穴の一つに黒い玉の様なものとなって治まった。


トレンは突然錯乱した様に、何もない所で剣を振り回すアリイを見て、咄嗟にアーレアの背後に陣取り攻撃を開始した。雨あられと降り注ぐ様な鞭の差の先に肉は削がれ、骨は軋む。それでもトレンはトレンが戦い続けている間はアリイに手出しが出来ないと思い、必要にアーレアに対して攻撃を続けていた。どの位、経過ったのかトレンには分からない。ついに左前足が諤々と震え体重を支えられなくなる。その時、アリイの剣が此方に向いているアーレアにとっては背後から背中に剣を突き刺し、その切っ先が突き抜けて腹部から現れる。引き抜かれて行く剣と共にアーレアが自分を忘れて振り返る。そのタイミングでトレンは残りの全魔力を右前足の爪に注ぎ込みながらアーレアの喉へと突き刺した。その後は気を失いトレンは目覚めるとアリイの膝の上に頭を乗せていた。


やばいな・・・意識が・・・


思った以上に体が言う事を利かない。怠い・・・心配そうにのぞき込む彼女の顔が霞む。体力を持たせようと小型化してみたが、だるさは消えなかった。しかし、小型化によって傷も小型化したせいで治癒回復が加速していくのを感じていた。これは発見だな・・・今後怪我したら小型化すれば回復する時間を短縮できる。だめだ・・・眠い。


小さくなったトレンを抱えるとトクトクと心臓の動く振動が手に伝わる。彼女は安堵のため息を吐くとゆっくり彼を抱えたまま立ち上がって少年の家のドアを潜った。家の内に入るとテッタの明るい顔が出迎えてくれた。


「おはよう。おねぇちゃん、どこ行ってたの?」


「うん、ちょっとね」


「聞いてよ。お父さんの体調が良くなったんだ」


「ほんとう、良かったね。きっとテッタのあの薬草が効いたんだよ」


「うん」


ベットに横たわる男性に視線を向けると、明らかに顔色が良くなっている事がわかった。まだ意識は無いようだけど。その内、目を覚ますだろうと言うテッタの言葉に相槌を打つと、テッタが用意してくれた朝食を食べた。朝食を終えてトレンを抱きかかえていると外が騒がしくなってテッタが様子を見に出ていく。村人達の複数の声が聞こえてくるが、疲れもあってそのままウトウトしていら、テッタが勢いよくドアを開けて入って来た。


「おねぇちゃん、ありがとう」


「え?・・・なになに」


「今朝何処か行ってたと思ったら、オーガ退治してくれてたんだね」


訳も分からずテッタに手を引かれて外へ出ると、村長が訪ねて来てお礼を言われた。


「何のことでしょう?」


「今朝、見廻りの者が5体のオーガの死体を発見したのですが、その体には真新しい剣の傷跡がありましてな。それも幅広の丁度、あなたの持つ、それと同等のものである事は直ぐわかりまして」


村長の視線が私の剣を見据える。


「テッタに確認した所、何時の間にか、どこかへ出かけて今朝帰って来た事を知り確信しました」


更に話を聞くとオーガの死体は村の空き地に収容されたとの事で身に行く事になった。肢体を確認するとやせ細ったオーガが5体あり、傷口に剣を引き抜いて合わせるとぴったりと一致した。村長に確認すると同系の剣は村にはないと言われたので、私は昨日の事は何処まで現実なのかを考え出した。


「見に覚えが御座いませんか?」


「覚えはある。が・・・腑に落ちない点があって」


考え込む私の側で村長はジッと見つめて待っていた。


「村長。シーラか、アーレアという名に聞き覚えは無いですか?」


「アーレアは分かりませんが、シーラと言うのは、亡くなったテッタの母親の名と同じです」


シーラの名を出した時、明らかに村長の顔が曇ったのを見逃さなかったアリイは、村長が何か隠しいるとは思ってもそれを口にする事は無かった。オーガの死体は村長に任せて私はアレを拾った村の片隅へと向かった。


ポシェットからペンダントを取り出すと手に掲げ、それに向かって話しかけた。


「シーラ、話がしたい。出て来てもらえる?」


その声にペンダントが輝くと、薄っすらとした人影が現れた。


「どう言ったご用件でしよう」


「何がどうなっているのか説明してもらえる?」


「少し長くなると思いますが・・・」


「構わないわ」


「では・・・」


こうして話し始めた彼女の横に座り、長話を聞く体制を整えた。


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